天牛(紙切り虫)

私が関心のある、気に入った、「新聞」・「メルマガ」等のニュースをまとめて紹介します。「コメント」は歓迎ですが、「公開」の前に、判断をさせていただきます。

カテゴリ: 広島ローカル関係

ヤル気が足りないか、やり方を間違えていないか

JBpress(惣才 翼)

2020.9.14

11


これは地方の小さな「弁当屋」を大手コンビニチェーンに弁当を供給する一大産業に育てた男の物語である。登場人物は仮名だが、ストーリーは事実に基づいている(毎週月曜日連載中)。

前回の記事はこちら(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/61985

昭和62年:40

 病室のパラマウントベッドの背を起こし、ギプスで固めた左足を投げ出して、腕組みをしたままの姿勢で恭平は沈思黙考していた。

 考察していたのは、自らが社長のミッションとして定め、自らに課した第一義、「会社を、絶対に倒産させない」ための方策だった。

 熟考するうちに、10年前に広告代理店を辞し、広島に帰る際に考えていたライフプランを思い出した。

 あの時点での人生設計は、30歳で帰郷、35歳で自社工場を竣工、38歳で社長に就任。40歳で社長を弟に譲り、東京に進出して副社長兼東京支社長に就任。

 東京で広島風お好み焼きのチェーン店を展開しながら、同時に広告制作会社を設立し、広告界にカムバック!と言う按排だった。

 そして、40歳になった今、10年前に思い描いたライフプランは、霧散解消していたが、プランとは異なる道を歩き始めていることに悔いはなく、悔いている暇もなかった。

「自社工場?」

「そうだ、自社工場だ!」

 工場を持つことは、10年前から恭平の夢だった。

 ひろしま食品が大手食品メーカーと同等の機能を持つ工場を保有していれば、たとえ恭平の身に何が起ころうと、たとえ恭平が経営につまずこうとも、会社を丸ごと買い取ってもらえる可能性が生まれ、会社と従業員は生き残ることができる。

「自社工場を建設しよう!」

 それこそが、ひろしま食品を倒産させない唯一にして最善の活路であるとの閃きは、ストンと恭平の腑に落ちた。

 早速、方眼用紙を入手した恭平は、ベッドの上で工場図面の線を引き始めた。

退院した恭平は、ギプスこそ取れたものの松葉杖を突いて上京。

 宮藤商品本部長に面会を申し入れていた恭平は、エンゼルスの本社を訪問し、1か月の入院で会社を空けたことを詫び、その間に練った工場建設の計画を熱く訴えた。

 黙って恭平の話を聞き終えた宮藤本部長は、温厚な表情を崩すことなく諫めた。

「本川さんの熱意は実に有り難いのですが、残念ながら時期尚早と考えます。もう23年、現在の工場で頑張って、少しでも自己資金を貯めてからの方が良いと思います」

 自己資金無し!土地無し!借入の目途無し!返済の目途も無し!見事に無い無い尽くしの、計画とも呼べぬ無謀な夢物語は、さすがに賛同は得られなかった。 

 万鶴の大泉社長に相談に行っても、返答は同じだった。

「お前の無鉄砲には驚かんが、ちょっと度を超えとるぞ。やっと赤字を解消し、株を買い戻したといっても、銀行は金を貸さんじゃろう。バブルがはじけるまで、焦らず待て」

 ならばと、カープ信用金庫に打診に行くと、以前お世話になった村田支店長と土橋係長に代わって、担当窓口として懇意にしている小坪支店長が話を聞いてくれた。

「本川社長、話に具体性が乏しいので確約はできませんが、社長になられて売上は倍増し、少しずつ利益も出始めているので、できるだけの協力をさせていただきたいとは思います。しかし、売上額以上の借り入れは、はっきり言って難しいと思いますよ」

「工場ができるのは早くても2年先だから、その頃には売上はさらに伸ばしていますよ」

 根拠のない言い訳を口にしつつも、改めて計画に無理があることは確認できた。

病院で方眼用紙に線を引いた工場は、小さく見積もっても土地1000坪、建坪600坪は欲しかった。

 土地代を坪当たり30万円、建築費は空調込みで坪当たり50万円にしても、土地・建物だけで6億円は掛かる。これに浄化槽や機械設備などを加えれば、最低でも8億円は必要だろう。

 因みに、前年度のひろしま食品の年商は81000万円だった。

 いずれにしても、土地が決まらなければ検討さえも始まらない。

 恭平は土地選びの条件は、「人の利」「地の利」「水の利」の3つと考えていた。

「人の利」とは、パートタイマー確保の難易度。「地の利」とは、生産した商品をできるだけ短時間で店に運ぶデリバリーの利便性。「水の利」とは、大量に使用する水道代を節約するため、井水が使える可能性の有無だった。

 この3条件を提示したうえで、恭平は何名かの友人や知人に土地探しを依頼し、空き時間を作っては自らも郊外の目ぼしい住宅団地周辺の空地を物色して、車で走り回った。

 数カ月を経過した頃、甘宮町に住む知人から電話があった。

「甘宮町にピッタリの物件を見つけたんだが、行ってみるか」

 知人に案内された甘宮町の空き地は、おおよそ1000坪の広さだったが、二等辺三角形の変形に加え段差があった。

 方眼用紙の上で幾つかのパターンの工場図面をシミュレーションしていた恭平は、上段に工場を建設し、下段の三角部を駐車場にする構想を即座に想い描いた。

空地の一方を幅2メートル弱の水路が流れ、その向こうには住宅団地への法面が迫り、もう一方は6メートル幅の道路に面し、道路を隔てた先には高速道路の法面が走る。

 双方の法面が交わる先には高速道路を潜るトンネルが通っている。さらにもう一方は3メートル弱の高さの石垣が組まれ、こちらは整備された300坪の空き地になっている。

 隣接する住宅団地には約1000戸、前面道路を左手に車を5分も走らせば4000戸を超えるニュータウンが広がっている。

 さらに、右手のトンネルを潜れば、造成を終えて売り出し中の新興住宅団地、約4000戸が一望される。

 太平洋を漂流中に島影を見つけた気分の恭平は、ぜひ地主に話をして欲しいと依頼した。

 翌日の正午前、知人からの電話は予期せぬものだった。

「本川さん、私以外の誰かに、甘宮町の物件で地主とのコンタクトを頼みましたか」

「はぁ、何のことでしょう…」

「地主が、凄く怒っている。どこかの不動産屋が、既に物件の購入依頼を地主にしているらしくて、その依頼主は、どうやらひろしま食品らしい。何か心当たりはありませんか」

「全くありません。私がこの物件を見たのは、先日案内してもらった時が初めてだから」

「不動産屋の誰かに、土地探しを頼んでいませんか」

「あっ、居る。1人だけ、居る」

「それですよ。地主さんは、ひろしま食品はとんでもない会社だ。二股を掛けて、値下げ競争させようとするなんて、許せん会社だと激怒していますよ」

「冗談じゃない。全くの誤解だ。私が会いに行って説明します」

「いや、絶対に売らない。会いたくもないと言っているんですよ」

「じゃあ、地主の名前と電話番号だけでも教えてください」

 聴き出した地主の原田社長の会社の直ぐ近くまで行き、電話ボックスに入った恭平は、教えられた電話番号をプッシュした。

 取次を願い、暫く待たされた末、社長は電話に出ないと言っていると断られた。

 断られても恭平は諦めず、取り次いでもらえるまで、明日でも明後日でも何度でも電話をさせていただくと伝えて欲しいと訴えた。

 再び待たされ、やっと繋がった第一声は、怒声だった。

「お前は、儂を脅す気か!」

「とんでもありません。誤解されているようなので、お会いしてお詫びしたいだけです」

「何が誤解なんだ。お前みたいな奴の顔も見とうないわ。電話しとるだけでも胸糞が悪い」

「だから、お会いさせてください」

「会いとうない、言うとるだろうが!」

「申し訳ありませんが、私は、お会いしないと気が済まないのです。私は、甘宮町で仕事をしたいんです。なのに、甘宮町に私を誤解された方が居られたら、仕事ができません」

「そりゃあ、お前の勝手じゃ。ホンマにシツコイ奴じゃのぅ、お前は」

「いえ、シツコイんじゃなくて、それだけ真剣なんです」

「……」

「もしもし、もしもし、今からお伺いしてもよろしいでしょうか」

「信じられん阿呆じゃのぅ、お前は。今は忙しいけぇ、それじゃあ、3時に来い」

「ありがとうございます。3時にお詫びに参ります」

「…」

 少し間をおいて、電話は切れた。切れた公衆電話に向かって、恭平は最敬礼した。

 原田社長との電話が通じ、2時間後のアポが取れたところで急激な空腹を覚えた恭平は、近くの喫茶店に入り日替わりランチを注文した。

 ランチを食べ終えコーヒーを飲みながら、気持ちを落ち着かせるためと時間潰しにコミック誌を手にした。

 そして、何気なくめくった漫画の一コマで見つけた台詞に、恭平は奮い立った。

 二人の男が、大八車を引いて坂道を登っている。

 風采の上がらぬ先輩らしき大柄な男が前傾姿勢で楫(かじ)を引き、後輩と思しき小柄で真面目そうな男が後ろから大八車を押している。楫を引く先輩が、後輩に説法を垂れる。

「いいか、どうしようもないんじゃない。きっと、どうしていいか、分からないだけだ」

 太平洋を漂流中に人声を聞いた気分になった恭平は、何としても生還したい渇望を胸に、漫画の台詞をつぶやき直して店を出た。

これまでの記事一覧はこちら(https://jbpress.ismedia.jp/search?fulltext=%E4%BB%8A%E3%80%81%E3%81%9D%E3%81%93%E3%81%AB%E3%81%82%E3%82%8B%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%82%B9

 

地方、個人店本家の逆を行く戦略

PRESIDENT Online (藤澤 志穂子ジャーナリスト)

2020.9.14

フィンランド発のフードデリバリーサービス「ウォルト(Wolt)」が広島に初上陸した。ジャーナリストの藤澤志穂子氏は「広島は企業のテストマーケティングによく用いられるが、ウォルトが初上陸した理由はそれだけではない」という――


31

                                  ※写真はイメージです


広島ではお馴染み「スカイブルー」のバックを背負った配達員

収束の見えないコロナ禍の巣ごもり需要で「ウーバー・イーツ(Uber Eats)」などのフードデリバリーが急速に広がっている。競争が激しくなる中、北欧フィンランド発祥の「ウォルト(Wolt)」が3月に日本に初上陸し、広島市からサービスを開始した。

耳慣れない人が多いだろう。それもそのはず。東アジア進出の最初が日本という。なぜ日本、そして広島だったのか。決め手の一つは広島の「自転車」事情がある。

筆者は昨年、仕事の関係で東京から広島市に移住した。まず驚いたのは、大人から子供までが自転車で街中を行き来していることだ。

市中心部は川と川の間の平坦な扇状地に栄えており、温暖な気候もあって、自転車は年間を通じて走りやすい。特に最近はコロナ禍で公共交通機関を使わず「自転車で40分走って職場に行く」という人はザラにいる。

国勢調査をもとに国土交通省がまとめたデータ(2010年)によれば、広島市の通勤・通学における自転車分担率は17%。国内主要都市の中でも比較的高い。

フードデリバリーは、単発契約のギグワーカー(配達員)による自転車での配達を主体とする。広島市では今年に入って2月にウーバー・イーツ、3月にウォルトが相次いでサービスをスタート。全国的な知名度が高いのはウーバーだが、広島で圧倒的に目立つのは筆者が見る限り、スカイブルーのバッグにロゴを刻んだウォルトである。

「新しもの好き」とされる広島の県民性も影響しているのだろう。中国・四国地方の中核都市である広島は、都会のミニ版として新商品のテストマーケティングによく活用される街でもある。

「フィンランド人と気質が似た日本」を重視

「東のUber Eats、西のWolt」とも称されるウォルト。東アジアへの進出は日本が初めてで、3月の広島を皮切りに6月に札幌市、7月に仙台市と地方から日本市場を攻めてきた。ウーバー・イーツは20169月に日本に上陸し、東京から勢力を拡大。後を追うウォルトは地方からと、いわば「真逆」の戦略を取る。なぜか。

「まずフィンランド人は奥ゆかしい気質を持ち、日本人との共通点がある。食文化が豊かな日本への進出は、コロナ禍以前から慎重に検討してきた。将来的に東京を含む全国展開を目指す」とウォルト・ジャパンの新宅暁マネジャー。「日本は出前文化の国だが、店員が配達するには限界がある。海外のデリバリーで寿司の人気は高く、ギグワーカーによる配達の潜在的需要は高いと考えた」

最初に広島を選んだのは、人口がヘルシンキとほぼ同じ約120万人で「本国でのオペレーションをそのまま試せると考えた」(新宅氏)ため。さらに市民球団として親しまれる「『広島東洋カープ』の試合中継をテレビ観戦する需要が高い」と踏んだためだ。その後の展開が札幌、仙台と続いたのは、北欧に近い寒冷地で、本国における雪国の厳しいオペレーションがさらに生かせると考えたことも理由のようだ。

狙いは当たった。アプリ分析調査会社フラー(千葉県柏市)によれば、ウォルトの利用者数は3月以降、増加傾向にあり、札幌でサービスが始まった6月の利用者数は前月から倍増。「エリア拡大とともにユーザー数は伸びていくはず」(担当者)という。

弱冠30歳の敏腕CEO

ウォルトは2014年にヘルシンキで設立、2016年からフードデリバリーを開始し、8月末現在で世界23カ国80都市以上に進出している。

創業者のミキ・クーシ氏は19899月生まれの弱冠30歳。大学中退後、起業家の集まるテクノロジーのイベント「Slush」の企画運営に携わり、数万人が集まる世界有数の規模に育てあげ、東京開催まで実現させた手腕を持つ。

ミキ氏は米サンフランシスコを訪れた際、ウーバーの配車サービスを利用したことで「ウォルト」の事業化を思いついたという。「特段の意味のない、音遊びのような名称」(新宅氏)で、北欧4カ国での展開を経て、欧州や中央アジアへと世界進出を加速させているのはこの23年で、その一環が日本進出だった。

原資は、これまでに調達した約28000万ドル(約300億円)の資金。NOKIASupercellといった錚々たるIT通信系企業の経営陣からも出資を受けており、今年3月には英フィナンシャル・タイムスが選ぶ「Europe's Fastest Growing Companies 2020」(欧州で最も早く成長中の企業)で初登場2位に選出された、将来有望なITベンチャーだ。

ウォルトが展開する都市は北欧のほか、中欧や東欧が多い。ワルシャワ(ポーランド)、プラハ(チェコ)といった人口100万~200万人ほどの都市での展開が目立つ。米サンフランシスコ発祥で先行したウーバー・イーツの隙間を縫い、ヘルシンキなどと同じ、中規模の街を狙った「ニッチ戦略」のようにもみえる。

ウーバー・イーツも設立はウォルトと同じ2014年だが、日本には20169月に東京に上陸した。以降、大都市圏から徐々に地方に進出。今年8月末までに九州を含む全国26都道府県への進出を果たした。世界では北米、南米、欧州、アジアなど45の国・地域、6000都市以上に進出している。

ウーバーとの差別化を目指す…個人店の開拓、心配り

ウォルトともどもサービスは、スマートフォンのアプリで飲食店と料理を選んで注文し、配達員が店から料理を受け取り、30分以内に指定の場所に届けるという点で大差はない。違いは加盟店の性格とカスタマーサービスにある。

ウーバーが総じて大型チェーン店の加盟を急いだのに対し、ウォルトは広島で、個人店や配達実績のなかったレストランの開拓に努めた。その一つが81日に広島市中心部で改装オープンした広島アンデルセンだ。

全国チェーンのベーカリーの本店で、カフェレストランを併設しているが、コロナ禍で営業を自粛しており、店内にウォルトの専用カウンターを設けた。旧店舗で人気だったクラブハウスサンドイッチやビーフシチューなどに、アプリ経由でひっきりなしに注文が入る。

スカイブルーのバッグを抱えた配達員が頻繁に出入りして商品を受け取り出ていく。デンマークの人魚姫伝説をイメージする同店は、本店のみウォルトと契約しており、北欧の雰囲気を醸し出す。

きめ細かなフォローも売りの一つだ。広島にカスタマーサポートを置き「返信はチャットで1分以内を心掛け、料理の内容やサービスで反応があれば店にフィードバックします」(新宅氏)。ウーバーでは配達員が商品を捨てるなどのトラブルがあったが、問題が起きないよう細心の注意を払う。配送にはメッセージカードを添える気配りも忘れない。

「ウーバー」と「出前館」でシェア8割以上

日本のフードデリバリー市場は急拡大中で、緊急事態宣言が発令された5月の全国売上高実績は、前年同期比3倍以上になったと、市場調査会社のエヌピーディー・ジャパン(東京)がまとめている。

同社によれば20191年間の市場規模は前年比2.4%増の4182億円だったが、今年に入ってコロナ禍で市場は急拡大。13月は前年同期比10%増、4月は同29%増と急上昇、5月に跳ね上がり、6月以降もほぼ同水準で推移しているという。

国内の市場はウーバー・イーツと出前館の2社が大半のシェアを持つとみられる。モバイルアプリ分析調査のフラー(千葉県柏市)がアンドロイドのユーザー、約15万台を対象に17月のアプリ利用による注文を調査したところ、ウーバーが57.4%、出前館が26.7%で、2社で8割以上を占めた。

「ただ出前館はウェブからの注文も多く、両社の利用率は拮抗している」と担当者はみている。出前館は3月、LINEから300億円の出資を受け、アプリ機能を強化しウーバーに対抗する姿勢を鮮明にしている。

国内市場では「ウーバーVS出前館」という「2強」の熾烈な競争が展開されてきた。海外では競合サービスは各国で増えており、ウーバーは先ごろ、チェコやエジプト、サウジアラビアといった地域で撤退、成長が見込める市場に注力する方針を示した。

ウォルトが「ウーバー」に勝つための唯一の条件

広島でのウォルトとウーバー・イーツの争いは、サービス開始がほぼ同時期だったこともあり、ウォルトがやや優勢だ。ウォルトは先述の通り、札幌、仙台に進出したが、すでにウーバー・イーツが先行しているため、シェア獲得には大きな困難が予想される。

広島でのウォルトの動向を見れば、ローカル店や個人店とも提携し、差別化を図ろうと懸命だ。広島の老舗お好み焼きチェーン「みっちゃん総本店」も提携先の一つだ。

とはいえ、「みっちゃん」の一部店舗ではウーバー・イーツとも提携している。取材に対し同店の担当者は「全国的な知名度があるせいか、ウォルトより注文数が増えている」と打ち明ける。

32

写真はイメージです

 

今後は食事のデリバリーに限らず、本国と同様に日用品など配送サービスも加わるだろう。しかし、それはウーバー・イーツも同じだ。実際、ウーバー・イーツはすでに一部コンビニと提携し、日用品の配送を始めている。“本家”との差別化はなかなか難しいだろう。

ウォルトの担当者は「ウーバー・イーツに対抗する戦略はある」と断言するが、詳細は語ろうとしなかった。後発のウォルトが日本で生き残るには、今後「北欧流」のきめ細かなサービスや品ぞろえによる「ニッチ戦略」を打ち出し、人々に受け入れられるかが課題となりそうだ。

藤澤 志穂子(ふじさわ・しほこ)

ジャーナリスト

元全国紙経済記者。早稲田大学大学院文学研究科演劇専攻中退。米コロンビア大学大学院客員研究員、放送大学非常勤講師(メディア論)、秋田テレビ(フジテレビ系)コメンテーターなどを歴任。著書に『出世と肩書』(新潮新書)

 

他人が笑い、自分自身も愉しめるチャレンジだから継続できる

JBpress(惣才 翼)

2020.9.7

31


これは地方の小さな「弁当屋」を大手コンビニチェーンに弁当を供給する一大産業に育てた男の物語である。登場人物は仮名だが、ストーリーは事実に基づいている(毎週月曜日連載中)。

前回の記事はこちら(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/61798

昭和6062年:3840

 折からバブル経済の真っ只中、少しずつ商品開発のコツを覚え、2便制から3便制に移行して売り上げが増えるにつれ、社員やパートタイマーの人材不足が切迫した課題となってきた。

 大学や短大、高校に求人表を提出しても、知名度が低く、福利厚生など諸々の待遇も決して良くない中小企業への応募者はゼロだった。

 伝手のある女子短大の就職部の部長に頼み込み、年に1人の栄養士を紹介してもらうのがやっとという状態だった。

『笑顔をください』をキャッチコピーに、パートタイマー募集チラシを新聞に折り込んだ後の数日間、恭平は会社の前を徘徊するのが常だった。

 チラシの地図を頼りに自転車に乗って訪れた応募者は、老朽化した社屋を一瞥するや、ハンドルを切ってUターンしようとする。素早く駆け寄り自転車の荷台を掴んだ恭平は、キャッチセールスもどきに声をかける。

「ご応募に来られた方ですね。2階の事務所へ、どうぞ」

 引きずるように向きを変えさせ、強引に面接へと誘う。応募者が鉄製の階段を音を立てて上がり、事務所のドアを開け、応接用のビニール・ソファーに腰を下ろした頃を見計らって、恭平はゆっくりと階段を上り事務所のドアを開け、応募者に向き合った。

「ご応募ありがとうございます。先ほどは失礼しました。私が、社長の本川です」

 恭平の一人二役の熱演に応募者は唖然とし、頬を緩めれば、面接の半分は成功である。

 良い商品づくりには、良い人材の確保が必須であると恭平は考えていた。

 しかし、人材の良し悪しを論じる前に、人員が集まらない無名企業の悲哀が身に染みた。

 頭を抱える恭平に、広告代理店勤務時代の上司から嬉々とした声で電話があった。芥川賞の登竜門とも称される、「文学界」の新人賞を受賞したと言う。

「そうか、その手があったか!」

 ひろしま食品の社名を瞬時に広めることは難しくても、社長である恭平が、一躍脚光を浴びることならできるはず・・・。

 受賞の暁には、新聞社やテレビ局の取材が相次ぎ、必然的にひろしま食品の名もマスコミへ露出されるはず・・・。

 すると、文学に興味を持つ女子大生、知的好奇心旺盛な主婦の多くが関心を抱くはず・・・。

 そして、文学に造詣の深い社長の下で働いてみたいと、応募者が殺到するはず・・・。

 幾つかの「はず」が重なれば、人手不足は解消するはず!だった。

 独り善がりな目論みに自己陶酔した恭平は、平均4時間の睡眠時間をさらに削り、究極の求人活動と意気込んで執筆に精を出し、100枚の処女作を書き上げた。

 書き上げた処女作は、何度読み返しても上司の受賞作よりも格段に面白く、恭平は秘かに受賞を確信した。

「文学界」に投稿した日から、恭平は1次審査の発表を待ち焦がれた。

 しかし、発表された100人足らずの1次審査通過者の中に、恭平の名前を見つけることはできなかった。

 どうしても落選の結果に納得できない恭平は、作品が未熟なのではなく、雑誌との性格不一致にあると無理矢理に断定した。

 100枚の原稿を80枚に削り込み、清書し直して投稿した「オール読物」では、1次選考は通過したものの、やはり落選。

 純文学で落選、大衆文学でも落選なら、小説の才は無いのかと諦めかけた恭平に、広告代理店時代の友人である津嶋孝雄がアドバイスをくれた。

「サービス精神に富む、本川さんの小説は中間小説ですよ。『すばる』に応募しては・・・」

 純文学から大衆文学、そして中間小説と節操なく彷徨いながらも、差し迫った求人の必要性に駆られ、規定枚数である200枚以上に膨らませるため、恭平は奮起して書き綴った。

 投稿した210枚の力作は、2次選考を通過し最終選考へ残るも、結局は落選。ここに至って恭平は、止む無く求人活動のための執筆活動を断念した。

 実はこの210枚の応募原稿に、恭平は早計にも「受賞の言葉」を添付して投稿した。

 落選の要因は、この軽挙妄動にあったと強弁する恭平は、友人たちに呆れられた。

 親しい友人で博報堂のコピーライター土肥典昭が、この顛末を「受賞のことば」のタイトルで次のような文章を認め、先んじて書籍に掲載されたことに恭平は地団太踏んだ。

「受賞の言葉」:土肥典昭

「僕がね、なぜ小説を書くのか、あんた、わからんだろう。僕はね、経営のために小説を書いとるんよ。パートの女性を確保するには、僕が文学賞とることが一番の早道だと・・・」

「『あそこの社長さん、○○文学の新人賞をとった人でしょ、素敵だわ、私も働いてみようかしら・・・』と、こうなるでしょう、女性の心理としては、どうしても」

(中略)

「そう言えば、彼の書いた小説の中に、エンゼルスの弁当についての描写があるのだが、妙にこの部分だけ微に入り細に入り、おかずの内容がこと細かにうまそうに書いてある」

「実は彼の経営する会社の弁当はエンゼルスに納入されているのだ。万が一に彼の小説が賞でもとれば、読者はエンゼルスの広告を読む。まったくもって、堂々たる不純文学である」

 恭平は、自身の処女作を読み返しては、落選した今も「面白い!」と思っている。

 だのに落選続きなのは、純文学でも大衆文学でも中間小説でもない、不純文学の受け皿が無いからだと諦め切れないでいる。

 人手不足と同様に、恭平を悩ませているのが肥満だった。

高校から始めたサッカーは浪人時代も続け、大学に入ってからは同好会で麻雀の合間にプレーし、広告代理店ではライバルの博報堂のチームに入って、土肥典昭と一緒にボールを蹴っていた恭平だったが、30歳で帰郷してからは運動を一切していなかった。

 その運動不足のせいか、開発商品の試食のせいか、資金繰りと人材不足のストレスのせいか、齢を重ねる毎にウエストは肥大していった。

 不惑の歳を迎え、厳しいご時勢と困難な経営を乗り切るには、軽やかなフットワークが肝要と、恭平はサッカーの現役復帰を思い立った。

 思い立ったら即実行するのが身上の恭平は、加入資格が40歳以上のチーム「広島四十雀」に入会した。

 そして、再起第1戦の日曜日、平常通り早朝4時から出勤し、昼までの仕事を終えた恭平は、試合会場へ車を走らせ、真新しいユニフォームに身を包み、新品のスパイクを履いて、軽いウォーミングアップを済ませ、10年振りのピッチに立った。

 ボールを追うこと20分。突如、左足首を蹴り上げられたような激痛が走り、「わりゃあ!」大声で叫び、恭平は倒れ込んでしまった。

 ホイッスルが鳴り、味方はもちろん、審判や敵までもが駆け寄り、「バチッって音がした」「間違いなくアキレス腱が切れる音だ」と口々に言い囃す。

「誰かが、後ろから蹴ったんだ」恭平が反論すると、「蹴るって、誰も傍には居なかったぞ」周囲の皆が笑いながら否定する。

 そう言われればその通りで、ボールを持ってドリブルする相手を追っていた恭平が、後ろから蹴られる道理はなかった。

 翌朝、整形外科での診断は「アキレス腱断裂」。縫合手術と1か月の入院を宣告された。

 軽やかなフットワークを求めて再始動したサッカーで、フットワークが使えなくなくなるなんて皮肉の極みだけれど、人間万事塞翁が馬。

 転んでもただでは起きぬ覚悟を決めた恭平は、常務に毎日の売上報告を命じ、妻の淳子にはエンゼルスの店頭に並ぶ商品を日替わりで届けるよう依頼した。

1週間は何事もなく推移した数字や商品が、10日を過ぎた辺りから微妙な変化が生じてきた。売り上げの伸びが停滞し、商品の盛付が雑に感じられるようになってきた。

 3週目に入った或る日、ギプスで固めた足に松葉杖を突きながら、恭平は病院からタクシーに乗って会社に向かった。

 タクシーを降りた恭平は、2階に上がるスチール製の階段下に10数本の煙草の吸い殻を見つけ、深い溜息を吐いて松葉杖にもたれたまま、呆然と立ち尽くしていた。

「俺が居たら、絶対にこんな無様な失態は見せないだろう。そもそも俺が居たら、誰もこんな所で煙草なんて吸わないだろう」

「この会社は、俺がたった3週間留守にしただけで、こんなに変わってしまうのか」

「アキレス腱を切りたくて、サッカーを始めた訳じゃない。良かれと思ってしたことも、どう転ぶのか分からないのが世の常だ。もし、俺が死んだら、この会社は一体どうなってしまうんだ・・・」

 恭平は、「自分が死んだら、ひろしま食品は倒産する!」との恐怖感に怯えた。

 広島への進出前にエンゼルスからの誘いを断った五島食品も安芸弁当も、その後のエンゼルスの出店状況を目の当たりにし、君子豹変して取引を願い出て、断られたと聞く。

 今なら、ひろしま食品の後を引き受ける会社は間違いなくある。

 エンゼルスが声をかければ大手食品メーカーだって、きっと触手を伸ばすに違いない。

 でも、タコ足配線みたいにレイアウト変更を重ね、生産性の悪い借り物工場のひろしま食品を、何処の会社も引き継いではくれないだろう。

 既に売り上げの目途も立ち、将来への展望も予測できるエンゼルスと取引を始められるなら、新しい自社工場を建設するだろう。

 そうなると常務をはじめとする従業員は、路頭に迷うことになる。

 自信過剰な自惚れが故の憂慮であることを承知しながらも、恭平は途方に暮れていた。

これまでの連載一覧https://jbpress.ismedia.jp/search?fulltext=%E4%BB%8A%E3%80%81%E3%81%9D%E3%81%93%E3%81%AB%E3%81%82%E3%82%8B%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%82%B9

 

970910 「日本外史」(頼山陽)ー中央公論社

               *図・表は、クリックで拡大


<作品紹介>

 

本書は『日本外史』22巻のうち、源氏前記・平氏巻1、正記・源氏巻2、巻3、新田氏前記・楠氏巻5、正記・新田氏巻6、足利氏後記・武田上杉氏巻11、徳川氏前記・織田氏巻13、巻14の全訳が収録されている。『史記-世家』を手本とした体裁で書かれ、水戸藩の『大日本史』からも影響を受け、『外史』とも双方に朱子学的名分論の立場で貫かれている。『外史』では、名分を乱した藤原氏を非難し、朝権を犯そうとする足利氏に立ち向かって抗争した南朝の諸功臣を称賛する。キビキビした漢文で書かれた文体は暗誦に向き、流行した原因となった。

<関連記事>

儒学・頼家 初期の倹約ぶり 広島で企画展ー中國新聞(2020.8.18)

http://kairou38.livedoor.blog/archives/24395864.html

 


日経ビジネス(田村 賢司 編集委員)

202092

 

新型コロナウイルスの感染拡大の影響で中小企業が苦境に追いやられ、地域の金融機関の存在意義が改めて問われている。そんな中、徹底した現場主義でスピード融資を実行し、コロナ禍で苦しむ中小企業を支え続けているのが、広島市信用組合だ。運用はほとんどせず、預貸率は約88%。ひたすら貸して回収する。日本経済を再生する金融道を同信用組合の山本明弘・理事長に聞いた。

1

山本明弘(やまもと・あきひろ)氏
広島市信用組合理事長。山口県出身。専修大学卒業。1968年広島市信用組合入組。2001年専務理事、04年副理事長を経て、056月から現職。今も毎朝5時に出社して、企業訪問も繰り返すという。高校時代は野球部。今もプロ野球、広島カープの試合の始球式に毎年のように登板している。(写真:森本勝義)


新型コロナウイルスの感染拡大で、サービス業を中心とした中小企業は売り上げの大幅減に今も苦しんでいます。資金繰りのための融資のスピードが当初から問題になりました。広島市信組は独特の融資姿勢で知られています。

山本明弘・広島市信用組合理事長(以下、山本氏):新型コロナ対策で国が設けた実質無利子・無担保融資を含めて3月から8月末までに計3236件、5017000万円の融資を実行しました。これは県内の金融機関でも相当な上位にあるはずです。

 でも、量だけではありません。当信組は、申し込みから3日程度で融資を決めています。そのスピードこそが、顧客にとっての一番の付加価値なんです。

 だってそうでしょう。この未曽有の状況ですから、経営者はとにかく早く融資をしてもらいたいのです。ところが、金融機関によって12週間の差はすぐに出る。国の持続化給付金なども出るまでに時間がかかるといわれました。

 ただし、むやみにスピードを上げられるわけではありません。「平生(へいぜい)」の活動こそが大事なのです。

自らアポなしで企業訪問

どんな活動をすることですか。

山本氏:普段から支店長以下、営業の職員は顧客の企業を常に回る。そのときは、その会社の(財務の)数値を必ず頭に入れていく。うちには35の店舗がありますが、取引先の決算が終わったら2カ月以内に皆、決算書の内容を登録します。それができていないところは、支店によって数社あるかどうか。全体でも98%の企業の決算を即座に登録しています。

 私自身も頻繁に行きますよ。それもアポなしで。ポイントになりそうなところを選んでですが。

 アポなしで訪問するのは、普段の様子を見るためです。もし不在だったら、お土産のまんじゅうを置いていく。それで、無駄な時間を使ったなんて全く思いません。

 訪問するといろんな情報があるんです。事務所や工場の整理整頓ができているか、従業員はきちんと挨拶をするかとか。整理整頓ができているところは、普段から仕事もきちんと決められたとおりにしている。社長も、本当に業績がよければ、声も大きくなる。笑顔も出るんです。それを見た上で、決算の数字も必ずもらう。そうやって普段から判断しておくのです。

顔色でピンときますか。

山本氏:きますよ。ちょっと前のことだけど、ある建設関係の会社がありました。いつものようにアポなしで訪問したわけですが、顔を見たらちょっと避けるような素振りが感じられた。そうしたら後になってやはり粉飾があることが分かったのです。

 それとは別ですが、構造不況業種なのに、いい業績を続けている中堅企業があった。そこと取引をしている支店長は追加融資を申請してきたのですが、危ないなと思って、いったんそれまでの融資の一部を返済してもらうように指示しました。そうしたら相手がそれを渋りだして、本当は業績が良くないのが分かったこともありました。

中小企業側は、しばしば面談されて、数字も見られているとなると緊張しますね。

山本氏:今のような危機の時代では、(我々が)しっかり見ているということは経営者に自覚を持ってもらうことにもなるでしょうね。でも、私たちは融資をしたいのです。それが最も大事な仕事だと思っています。

 不良債権処理も常に素早くやっています。特にこの2年は徹底してやった。経済の基盤となる中小企業の活力を高めようということだと思いますが、積極的な融資を進めようという国の姿勢がありました。そのため貸出債権の区分判断も少し変わってきた。

 だから、逆に私は危ういと思う債権は早めに処理をすることにしたのです。そうして広島市信用組合の体力を温存することが、迅速でリスクを取る融資につながると考えたからです。

 徹底した訪問と決算分析、そして不良債権処理などによる当信組の体力温存。この両方があってスピード融資ができるのです。

持論は「継続、集中、徹底」

返済猶予を求めてくる中小企業には、猶予を認めることも多いと聞きます。

山本氏:「猶予してくれ」と言われて引き受けて、さらにもう一回猶予することもあります。融資の判断で最も大事なのは、経営者の人間性と努力、そして能力です。企業を動かす能力がきちんとあって、人間性がちゃんとしていて努力をする。そういう人なら猶予はあります。ただ、能力がないと無理です。人柄がよくて真面目でも経営者としての能力がなければ、それはできない。そのためにも訪問です。

人工知能(AI)やデジタル化で金融機関の業務を徹底して効率化する時代に珍しいですね。

山本氏:人間(経営者)をしっかり見ることは、非効率といわれるかもしれないけど、それをやるからスピード融資ができるわけです。それが当信組の効率なんです。AIがすべてじゃない。

 うちの20203月期末の預金残高は6646億円、貸出金残高は5855億円で預貸率は約88%です。運用はほとんどやらない。「貸して回収して」をひたすら繰り返す。私の持論は「継続、集中、徹底」です。

 その中で、経営者もしっかりしているいい企業だと思えば、リスクテークして融資する。それを繰り返すことが金融機関本来の業務でしょう。それこそがこの非常時に金融機関が日本経済に貢献する1つの道だと思いますね。

5時に出社して仕事を始めるそうですね。

山本氏:もちろん、他の職員が出社するのは私の後ですね(笑)。早く来て資料を読み込んで、判断材料にする。仕事が楽しくて仕方がないからやってるんです。

 

↑このページのトップヘ