天牛(紙切り虫)

私が関心のある、気に入った、「新聞」・「メルマガ」等のニュースをまとめて紹介します。「コメント」は歓迎ですが、「公開」の前に、判断をさせていただきます。

カテゴリ: 日本語・外国語関係

モンゴル語を守れ!内モンゴル自治区で広がる授業ボイコット運動


JBpress(
福島 香織:ジャーナリスト)

2020.9.3

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                            民族衣装を着た内モンゴルの女性たち(資料写真/Pixabay

 中国・内モンゴル自治区の多くの地域の小学校や中学校で、828日から授業ボイコットが起きている。自治区内の小中学生、保護者らの8割が参加しているともいわれ、改革開放以降、最大規模のモンゴル人の抵抗運動になりそうだ。

 きっかけは、91日に全自治区で導入される第2類双語教育(バイリンガル教育)に対してモンゴル人保護者たちが、母語喪失につながると強い抵抗感を示しているからだ。

学校で変更させられる「母語」

 きっかけとなった「双語教育」について簡単に説明しよう。

 内モンゴル自治区教育庁は826日に「全区民族語言授業学校小学一年・中学一年使用国家統編語文教材実施方案」を発表した。この規定では、今年(2020年)91日から始まる秋の学期から、内モンゴル自治区内の民族語(モンゴル語、朝鮮語)で行われていた国語(語文)授業の学科は、小学校1年から段階的に全国共通の(漢語の)教科書、共通の教材を使うことになるという。また今後2年の間に小学校1年の政治、歴史教科が漢語授業に変わっていくという。

 内モンゴル自治区の学校では、自治区成立以降、もともと第1類双語教育と呼ばれるバイリンガル教育が実施されていた。これは、国語を含む各学科の授業はモンゴル語で行われ、それとは別に小学校3年から漢語の授業が第2語学として行われる形だった。

この方式だと、モンゴル人の子供たちはまず母語であるモンゴル語の基礎を習得したうえで第2言語の漢語を学び、母語と漢語が使えるバイリンガルになれる。また、ほかの学科も母語で学べることから、授業への理解も深く、専門性も身に着けやすい。このスタイルの教育は、これまで内モンゴル自治区出身の優秀な人材育成に貢献してきたとされている。

 ちなみに、私が中国・上海に留学した1998年当時を振り返れば、アナウンサーのように美しい中国語(普通話)を話すのは内モンゴル出身の朝鮮人やモンゴル人が非常に多かった。第1類双語教育モデルは、少なくとも今に至るまで、モンゴル人の漢語教育においてなんら問題がなく、それどころか高い効果をあげていたといえる。

 ではなぜ、このモデルを急遽転換せねばならないのか。

 これに代わる第2類双語教育モデルだと、各学科を漢語で授業を行い、これとは別に第2言語で民族語(モンゴル語)の授業が行われるという形になる。

 それを小学校1年から始めるとなると、子供たちはモンゴル語の基礎も固まらず、また漢語もほとんど理解できていない状況から漢語授業で教科についていかねばならず、学力の低下が懸念される。そして何より、母語をモンゴル語から漢語に変更させられることで、民族のアイデンティティや文化を含めたモンゴル語の衰退、喪失が心配される。

 おそらく中共政権の真の目的はそれで、民族の言葉を失わせ、モンゴル人を漢人化させようという政策なのだ。また、モンゴル人の中から、優秀な知的な人材の輩出は、漢人社会にとって望ましくないのかもしれない。

 習近平政権になってから、中国は祖国分裂の動きを非常に警戒するようになっている。このためチベット、ウイグル、香港などの固有の言語、文化を消し去り、中国人としてのアイデンティティを植え付けようとする政策を次々打ち出してきた。だが、性急で乱暴なこうした「中国化」は、むしろ各地域の民族の強い反感と中共政府への嫌悪を生み、各地で激しい抵抗運動を引き起こしている。これを警戒してさらに厳しい弾圧や統制を加え、民族の言葉やアイデンティティを消し去ろうとしているのが、今の中共の民族政策や香港政策だ。

警察がデモ隊を強制排除、大混乱の学校

 内モンゴル自治区に対するこの双語教育モデル変更の方針は67月頃に打ち出され、国際社会でも、中国内モンゴル人からモンゴル語を奪うことになりかねない、と懸念が表明されていた。日本では内モンゴル自治区出身のモンゴル系日本人の楊海英・静岡大学教授らが、7月の段階から内モンゴル自治区のモンゴル人から母語を奪う可能性があると問題視、政策変更の中止を求める抗議文を中国教育部長、内モンゴル自治区教育庁長、通遼市教育局あてに提出すべく広く署名を求め、私も署名した。

826日に「方案」が発表されると、内モンゴル自治区の通遼市、オルドス市、フフホト市などの多数の地域で強い抵抗運動がおきた。28日から数千~数万規模の児童・学生と保護者が無期限授業ボイコットおよび抗議デモに参加している、という。抗議といっても暴力行動はなく、保護者たちが、我が子が漢語の授業を受けることを拒否し、学校内外でモンゴル語の歌を歌い、スローガンを叫び、激しい怒りを表現しているだけだ。だが当局は警察(一部では軍隊に準じる武装警察という説も)を派遣し、武力でデモ隊を排除、制圧しているとの情報もある。

 アメリカの政府系ラジオ局「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」やドイツの華字メディア「ドイチェベレ」の報道を総合すると、ある学校の校門前では、制服姿の男女の学生が「我々の言葉はモンゴル語だ。故郷のモンゴルを永遠に守る。我々の母語はモンゴル語だ。母語は死ぬまで不変だ」などと叫んでいた。

 通遼市ウラド中旗(旗は内モンゴル自治区の行政単位)のある牧民は、829日にRFAの取材に対し、多くのモンゴル人の微信アカウントが凍結されている、と訴えた。「28日の午後7時から70以上のチャットグループが封鎖された。きょう(29日)はもっと深刻だ。私たちはみんな決心している。91日から、子供たちに授業を受けさせない。これは少数民族へのいじめではないか? ある地方では警察が抗議のモンゴル人を殴るなどして、鎮圧しているらしい」と話していた。微信のグループチャットで、この政策変更について不満を述べている人が逮捕された、という情報もある。

 また、通遼市の舎伯吐モンゴル中学のある生徒の母親が武装警察に殴られたあと、生徒が4階から抗議の飛び降り自殺した、といった情報がSNSを駆け巡った。現地のモンゴル人のコメントによると、「学校側が生徒を校内に閉じ込め、保護者が我が子を取り戻そうとしたら、武装警察がやってきて妨害した。4階の教室に閉じ込められていた生徒は、学校の外に来ている彼の母親が武装警察に殴られているのを窓から見て、急に飛び降りた」という。母親は逮捕されたとのことだ。一方、華字ネットニュースサイト「大紀元」は、現地にいたモンゴル人から聞いた話として、「私たちが警察と対峙していたとき、救急車が走り去っていった。このとき、群衆の中のある人が生徒が飛び降りた、と話していた。保護者たちは焦って詳しい話はしていなかった。その後、生徒が飛び降りようとした際に先生が驚いて失神して病院に運び込まれた、という話を聞いた。改めて姪っ子に確認したら、飛び降りた人はいないという」とのコメントを紹介しており、飛び降り自殺は未遂であった可能性もある。しかしながら、現場の保護者たちと子供たちがかなり殺気だち、混乱している様子はうかがえる。

 このほか、「フフホト市の内モンゴル師範大学付属中学の1年生は、ほとんど出席していない」「フフホト市の新安路小学校では2000人の児童生徒が在籍しているが、出席したのは50人くらいだ」「ホルチン左翼后旗甘旗・カー鎮の3カ所の小学校で3000人以上が集団授業ボイコットを始めている」といった声が、在米拠点の華語ニュースサイトやラジオに寄せられた。ツイッター上などには、通遼市のどこかの旗で、保護者が学校に詰めかけて「子供たちを返せ」と要求する様子や、警察ともみ合って逮捕される様子などの投稿映像も流れている。

 シリンゴル盟のある保護者は、内モンゴル自治区の80%のモンゴル人がこの抵抗運動に参加していると訴えていた。彼女は「我々は現在、子供たちを学校に行かせていない。全自治区各区のモンゴル人はすべて、この政策に反抗している。私たち一族の中には、上司から、抗議に参加すれば仕事に影響するぞと脅しを受けているが、そんな仕事ならいらない、と思っている」という。

内モンゴル各地で始まった「モンゴル語狩り」

 また830日からは、内モンゴルの各地で「モンゴル語狩り」ともいえる大検閲が開始されているとの情報もある。

 当局がモンゴル語書籍やモンゴル語が書かれた文具の販売禁止し、すべてのモンゴル語書籍・文具を図書館、書店、文具店などの棚からの撤去を指示した、というのだ。現地で文具店を経営するモンゴル人女性は、「ジャルド旗警察はうちの文具店にも来て、モンゴル語で書かれたすべての書籍や文具を没収した」と在米華語ラジオネットワーク「希望之声」に話していた。中国国内唯一のモンゴル語SNSの「Bainu」は823日にすでに封鎖されている。

 米国ニューヨークに本部がある南モンゴル人権情報センターは829日、この問題について、強い抗議を示すとともに、「一部地元政府官僚を含む社会の各界人士が空前の団結力をみせている」とした。体制内のモンゴル知識人やモンゴル人官僚も、この突然の政策変更に強い不満をもっているようだ。

 内モンゴル大学の副学長のチムド・ドルジ教授は、ドイチェベレ上で「既存の国語教育に不適切な変更を加えている。民族団結に不利な動画もブロックされている」と訴えた。

 内モンゴル自治区教育庁は831日、こうしたモンゴル人保護者たちの強い抵抗を受けて、「漢語授業導入は国語、政治、歴史の3科目だけであり、その他の学科の教材はモンゴル語や朝鮮語を使うことに変更はない」と説明している。だが、新疆ウイグル自治区の現状をみると、全く説得力がない。新疆ウイグル自治区では、3年前まで漢語教育の普及率は38%程度だったのが、今や学校教育で使われる言語は、ほぼ100%漢語になってしまった。それどころか、ウイグル語教科書の編纂や文学のウイグル語翻訳に携わった知識人や大学教授が、次々国家分裂罪などに問われて逮捕、起訴され有罪判決を受けているのだ。

中国政府が恐れるモンゴル人の抵抗運動

 中共(中国共産党)政権のこうした民族クレンジング(浄化)ともいえる弾圧は、この数年、チベット、ウイグル、そして香港で激化し、国際社会が中共政権を警戒、あるいは嫌悪する大きな理由となっている。

 文化大革命時代、内モンゴル自治区内の党政軍の実権を握り蒙古王とも呼ばれたウランフ解放軍上将が「内外モンゴル統一を企む民族分裂主義者」として失脚し、これに伴い、数十万人規模のモンゴル人が凄惨な大粛清を受けた(内モンゴル人民革命党粛清事件)。虐殺されたり、投獄されたりした域内モンゴル人は当時の人口の6割以上、という推計もある(その悲惨な状況を1次資料によってまとめたのが楊海英教授の『墓標なき草原 内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』である。一読をお勧めする)。

 内モンゴル自治区はいったん解体されて文革後に再設置されたが、この大粛清で中国国内の南モンゴル独立運動の目は徹底的につぶされた。そのため、その後の中共の民族弾圧の矛先はむしろ、強い精神的支柱(ダライ・ラマ14世)を持つチベット人や、世界宗教の背景があるウイグル人に集中した。国際社会でも中国の民族問題といえばチベットやウイグルの問題ばかりが話題になった。

 だが中国において、かつて最も独立があり得ると恐れられたのは南モンゴルだった。内モンゴル自治区では、2011年に、炭鉱開発に抵抗するモンゴル人遊牧民を漢人がトラックで故意にひき殺したことを発端として大規模抗議運動が起きた。この時、モンゴル人の抵抗運動の怖さを知る胡錦涛政権は、漢人運転手を速やかに死刑判決に処し、鎮静化を図った。

 習近平政権は、このモンゴル人の抗議運動をうまく鎮静化できるだろうか。下手を打てば、チベット、ウイグル、香港と複合的に反政府運動が燃え広がることになるかもしれない。

 

ロイター

202092

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写真は8月、ニューヨークの国連本部で代表撮影(2020年 ロイター)

 

ポンペオ米国務長官は、中国との関係について「冷戦アナロジー(類推)は幾分妥当性がある」としつつ、受けている挑戦は異なるとの認識を示した。

ポンペオ米国務長官は1日、米大学内に設置されている中国政府の非営利団体「孔子学院」について、年末までに全てを閉鎖することを望んでいると述べた。

ポンペオ氏は8月、中国政府が出資する孔子学院について、米国の大学や学校などで中国政府のプロパガンダと有害な影響を拡散する機関であるとの認識を示し、大使館などと同様に外交使節としての登録を義務付けると発表した。

ポンペオ氏はFOXビジネス・ネットワークの「Lou Dobbs」に対し「孔子学院についてのリスクを誰もが認識し始めていると思う」と述べ、中国政府は米国の大学でスパイや内通者を採用するための機関に出資していると批判した。その上で、年末までに全てを閉鎖できると望んでいると語った。

中国の王毅国務委員兼外相は8月、米中間の緊張の高まりを受けての発言とみられるが、新冷戦を回避する必要があると呼びかけた。ポンペオ氏は、これについて質問されると「冷戦アナロジー(類推)は幾分妥当性がある」としつつ、受けている挑戦は異なるとの認識を示した。

「人口14億人の国に挑戦を受けており、冷戦とは異なる」と指摘。「冷戦アナロジーはある程度妥当性がある」とする一方、「受けている挑戦は異なる。それは経済的な挑戦だ」と述べた。

 

沖縄タイムス

2020/9/1


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                                     日本語学校の窮状について語る仲田俊一理事長=那覇市西・日本文化経済学院

 

 「このまま留学生が来ないと、倒産してしまう」。こう話すのは沖縄県那覇市西にある県内大手の日本語学校経営者、仲田俊一理事長(82)。新型コロナウイルスの影響で日本に留学予定の外国人が入国できず、県内のほとんどの日本語学校は4月から入学者ゼロが続いている。外国人に日本の文化と言葉を教える日本語学校は今、経営の危機にひんしている。(社会部・徐潮)

 

 仲田理事長が経営する「日本文化経済学院」は1999年に開校し、年に4回新入生を募集してきた。定員は340人。今年4月と7月に、ネパールとベトナムから約160人が入学する予定だった。

 だが、4月入学の100人は、授業料と入学金を支払う直前に新型コロナが世界中に広がった。日本政府も水際対策として、4月に東南アジアなどからの外国人の入国拒否を決めた。結局、本年度の入学者は1人もいない。

  「4月から8月までビジネスとしての入金はゼロ」。一方、340人を受け入れるための常勤講師や教室、留学生の寮を確保しており「建物の家賃や人件費は変わらない。危機的な状況に陥っている」

 2年生の在校生は160人いるが、飲食店などでのアルバイトが減り、学費に困っている人もいるという。

 コロナ後の沖縄経済を念頭に「留学生が来ないと、ホテルや飲食サービスなどに必要な若い労働力の確保が難しくなり、沖縄経済にも影を落としてしまう」と懸念する。「本年度は大赤字でも、来年度はオンライン教育などの方法を考えないと」。仲田理事長は新たな活路を模索している。

 年間約200人の留学生を受け入れるステップワールド日本語学院(那覇市)の仲筋耕一副校長(44)は留学生が来年4月も来なければ、在校生が3月に卒業し「学生がいなくなる」と危機感をあらわにした。

 懸念しているのは新入生が入国できないほか、在学中の留学生が卒業しても就労先がないこと。就職できなければ、目標がなくなってしまうとし「学生たちの人生もあるので、日本人同様に外国人の雇用も確保してほしい」と求める。

 日本政府は4月以降に入国する予定だった新規留学生の受け入れについて、学費などを支給する国費留学生に限って8月末から入国の受け入れを始めている。日本語学校などの私費留学生の受け入れ時期は「まだ決まっていない」という。

 

国語が育てる日本人
国際派日本人養成講座■■ Japan On the Globe(1180)

2020.8.30

 

 幼年期は大量の語彙を素読で蓄積し、少年期は自分で考える力をとことん伸ばす。

 

■1.「言葉は通信手段に過ぎない」!?

 昨日の国際派日本人養成講座Liveでは、「国語が育てる日本人」編と題して、国語教育が人作りの根幹であることをお話ししました。本年度から、小学校5、6年生に英語を正式教科として教えることが始まっていますが、この「改革」の前提にあるのが、「言葉は通信手段」という考え方でしょう。

 

  たとえば、日本人が中国人に「こんにちは!」と呼びかけようと思ったら、「ハロー!」という英語に訳して声に出します。それを聞いた中国人は、「ニーハオ!」と訳して受けとめます。二人をつなぐ「ハロー!」という英語は、携帯と携帯をつなぐ通信用電波のようなものだという考えです。

 

  英語を覚えれば、こういう国際的コミュニケーションができるようになる、という考えは、それはそれで言語の一面を捉えていますが、言語には人作りのためにもっと深い意味がある、というのが、弊誌の考え方です。

 

■2.母親はなぜ自分の息子を「おにいちゃん」と呼ぶのか?

 言語は、人間が世界を認識する枠組みを形成します。たとえば、家族をどう呼ぶか、という点で、日本語は英語とは相当違う言葉を使います。

 

 母親が2人兄弟のうち、兄の方を「おにいちゃん」と呼んだりします。また、父親、すなわち夫を「パパ」と呼びます。母親にとって、なぜ自分の子供を「おにいちゃん」と呼び、夫を「パパ」と呼ぶのでしょうか? 英語を母国語とする人々から見れば、訳が分かりません。

 

 こうした呼び方を、「親族用語の原点移動」と解する言語理論があります。つまり、母親は家族のうち、もっとも幼いメンバー、すなわち次男に原点を移動し、次男の視点から「おにいちゃん」、「パパ」と呼ぶのです。なぜ、こんなややこしい呼び方をわざわざするのでしょう。

 

 それは日本語では、長幼の序を大切にしており、一番、若いメンバーを基点にして、長男は「おにいちゃん」、夫は「パパ」と敬意を込めて呼ぶ、というのが、筆者の解釈です。家族の中でも敬意を込めた呼び方をする、という所に、濃やかな人間関係を大切にする日本語の世界観が表れています。

 

 ちなみに、英語では、母親は長男を「ジョン」、次男を「フレッド」、夫を「マーク」などとすべてファーストネームで呼びます。そこには親しみはあっても、敬意は籠もっていません。ただし、子供たちは、母は「マミー」、父親は「ダディー」などと、多少の敬意を込めて呼びます。

 

 このように、日本語を母国語として育つか、英語を母国語として育つのか、によって、世界の捉え方がまるっきり変わってきます。

 

■3.国語は「共感」の根っこを育てる土壌

 このように言語を捉えると、言葉は単なる「通信手段」ではなく、人を育てる「土壌」だと言えます。今回の教育シリーズでは、人間の成長を樹木に例えて、次の3つのステップからなる、と説明しています。 花:処を得るの「知」  幹:利他の「意」  根っこ:共感の「情」

 

 たとえば、福沢諭吉は上海で英国人に侮蔑されている中国人の姿を見て、日本人同胞にはこういう思いをさせたくない、という「共感」の「情」を持ちました。そこから「一身独立して一国独立す」と国民一人一人が独立精神を鼓舞して国家の独立を維持しようという利他の「意」を抱き、その結果、『学問のすすめ』という大ベストセラーを出して教育者としての「処を得」ました。[a]

 

 今回の「国語が育てる日本人」編では、共感の「根っこ」を育てる土壌が国語である、とお話ししました。たとえば、福沢諭吉の『学問のすすめ』を読んで、「理のためにはアフリカの黒奴(こくど)にも恐れ入り、道のためにはイギリス・アメリカの軍艦をも恐れず」という言葉に共感した人は、自分もそういう人物になろうと、学問を始めるでしょう。  このように先人の言葉という土壌から、「根っこ」である共感の「情」が栄養分を吸い上げて、そこから利他の「情」、処を得るの「知」が育っていきます。

 

■4.言葉と体験との循環作用

 このように、土壌として言葉を捉えると、弊誌1177[b]で示した素読の意味合いがいっそう明らかになります。

 

たとえば、唱歌で:  あれ松虫が鳴いている  ちんちろちんちろ ちんちろりん  あれ鈴虫も鳴き出した  りんりんりんりん りいんりん  あきの夜長を鳴き通す  ああ おもしろい虫のこえ  という歌を習ったとします。この時点で、子供たちがまだ「松虫」も「鈴虫」も見たこともなければ、「虫のこえ」というのも「虫がなにか声を出すのかな?」というくらいしか、理解できないでしょう。

 

 しかし、その後で、虫が鳴いている場面に遭遇したら、この歌が思い出されて、「ああ、これが虫の声なんだ」と体験的に理解できます。昔、習った言葉が潜在記憶の中に残っていて、ある体験を契機に、その言葉が急に浮かび上がってくるのです。言葉の意味とは、言葉を習った時の理知的な理解に留まらず、体験とともに深まっていくのです。

 

 とすれば、まだ体験の少ない幼児のうちは、とにかく素読でたくさんの言葉を蓄積しておくのが良いのです。そうすれば、後で経験をする都度、それに関連する言葉が思い出されて、その意味を体験を通じて理解を深めることができます。たくさん言葉を覚えておくほど、後での様々な体験を言葉で意味づけすることができます。  ですから、意味は分からなくとも、とりあえずたくさんの言葉を潜在記憶に蓄積しておき、将来の体験時に備えておく、という素読の手法は、人間の精神の発達過程から見ても合理的なのです。

 

  また、こうして「虫のこえ」という言葉を体験を通じて自分のものにできた子供は、次のような明治天皇のお歌に触れたら、その意味合いもより深く味わえるようになるでしょう。

 

 さまざまの虫のこゑにもしられけり生きとし生けるものの思ひは  こうして言葉は体験の意味合いを理解するのを助け、また体験が言葉の理解をさらに深めます。言葉は単なる抽象的な信号ではありません。体験という根っこから吸収された栄養分として、利他の「意」の幹を育て、「処を得る」知の枝葉を伸ばしていくのです。

 

■5.1年生の国語の教科書の音読宿題が苦痛だった

 素読について、視聴者の方から、こんなご質問がありました。 

 

 幼年期は素読が重要とのことでしたが、1年生の国語の教科書に載っているカンタンな文章を毎日5回ほども宿題として読まされて非常に苦痛だった記憶があります。どのくらいの難易度の文章を、どのくらいまで(暗唱できるまでなのか、つっかえずに読めるほどまでなのか…)読むのが良いのでしょうか?

 

 「苦痛」の原因はいくつか考えられます。まず、脳の発達過程から考えると、3歳までに前頭葉の7〜8割ができますから、スポンジが水を吸収するように、難しい漢字なども覚えてしまう力をつけています。幼児に多くの漢字を教える教育方法を開発した石井勲氏は、小学1年生が700字もの漢字を覚えてしまった、という結果を報告しています。[c]

 

  現在の1年生の国語では、ひらがなだけの、余りにも簡単な文章なので、よくできる子ならすぐに飽きてしまう、という事がありえるかと思います。もっとも、子供の成長過程には当然、個人差がありますから、その子の様子をよく観察して、面白がってどんどん覚えるような適度な難易度の文章に挑戦させていく、というやり方が良いと思います。

 

 かつての寺子屋では40人ほどの1年生にみな同じ宿題を与える、という今の小学校のような大クラス方式は用いられていませんでした。年齢はバラバラでも成長度合いが同じ位の子供何人かで素読をさせていたようです。一人ひとりの子供の成長度合いを見ながら、それに適した教材を与えていく必要があります。

 

 苦痛の原因としてもう一つ考えられるのは、宿題として「1人」で読むというという孤独なやり方が楽しくなかったのでは、と思います。素読は遊びと同じです。皆で揃ってテキストを読み上げる、というのは、一種の集団遊戯なのです。講義中にお見せした登龍館の幼年国語教育会のビデオで、一斉の音読で子供たちが楽しく活き活きと声を出している様がよく窺えます。[登龍館]  勉強と遊びを厳密に分けているのも、今の学校教育が幼年時の脳の特徴に合致していない点でしょう。

 

■6.松尾芭蕉の俳句

一句を説明するだけで一時限  10歳から20歳くらいまでに、前頭葉は第二次成長期を迎え、物事の意味合いを考えるようになります。この時期には、物事を主体的に徹底して考えさせる事が大切です。国語教育はそのための中心的教科です。こんな体験談をお寄せいただきました。

 

 確かに、教師の影響させる力は凄いと思う。私は当時、中卒で50%が就職するという時代であったが、私の田舎の中学校では、大森祐一先生という国語教師の影響で同級生8人が教師になった。

 

 何しろ松尾芭蕉の俳句一句を説明するだけで一時限が過ぎたのです。何故芭蕉はその言葉を用いたのか、その言葉に吊られ、奥の細道を大学時代に歩いたという教え子達が随分と出ました。灘校(の教育方法)でも何故、先生はそういう風にしようとしたのかを掘り下げていただければ、今は亡き大森先生の意思も伝わるのではないか、と思うのです。

 

 因みにワシは技術者でしたが、国語についての興味は未だに衰えていません。それも大森先生の教育の影響と思います。

 

 灘校の事例とは、中学3年間かけて『銀の匙(さじ)』という小説1冊を読み上げるという「伝説の国語教師」橋本武氏の授業のことです。  そこでは、凧揚(たこあ)げのシーンが出てくれば、クラスの皆で凧を作って揚げる。百人一首の場面では、グループに分けて、カルタとりに興ずる。駄菓子屋が登場すると、橋本先生が明治時代の駄菓子を捜し出してきて、皆で味わう。そんな横道にばかりそれていくので、薄い文庫本一冊を読み切るのに3年間かかるのです。

 

 松尾芭蕉の俳句一句だけを一時間かけて説明する、という授業も同じ考えだと思います。こういう風変わりな国語教育が、いかに生徒を熱中させるか、橋本先生はこんなデータを示しています。

 

 この年、新入生たちにアンケートをとったんですよ。「国語が好きですか」という質問に、入学直後に「好き」と答えたのは全体の5パーセント程度でしたが、1年後の同じ質問では95パーセントの生徒が国語が好きと答えてくれたんです。 成績があがるかどうかより、まず国語好きになってほしいと始めた授業でしたから、「間違っていなかった」と、とりあえず安堵しましたねえ。[伊藤,p98] 

 

■7.国語で伸ばす“学ぶ力の背骨”

 なぜ、こういう風変わりな教育が効果を上げるのか、橋本先生の言葉を引用しましょう。中学1年生で、『銀の匙』を読み始めて1か月ほど経った頃、級長が「先生!」と挙手しながら立ち上がりました。「先生、このペースだと200ページ、終わらないんじゃないですか。」

 

 

 たしかに1か月かけて、まだ文庫本2ページしか進んでいません。橋本先生は、こう答えました。

 スピードが大事なんじゃない。たとえば、急いで読み進めていったとして、君たちに何が残ると思いますか? なんにも残らない。・・・

 

 すぐに役立つことは、すぐに役立たなくなります。そういうことを私は教えようとは思っていません。なんでもいい、少しでも興味をもったことから気持ちを起こしていって、どんどん自分で掘り下げて欲しい。私の授業では、君たちがそのヒントをみつけてくれればいい。 そうやって自分で見つけたことは、君たちの一生の財産になります。そのことは、いつかわかりますから、、、[伊藤,p140]

 

 ここで橋本先生が言っているのは、既成の知識を頭に詰め込むのではない。自分で疑問を見つけ、自分でそれを掘り下げようとする主体的な「学ぶ力」だと。  たとえば、凧揚げだったら、凧はなぜ揚がるのか?、凧がくるくる回ってしまわないようにするためには、どんな形にすれば良いのか?

 

 面積を大きくすれば、どんな重い凧でも揚がるのか? 凧揚げ一つでもいろいろな疑問が湧いてきます。自分で疑問を見つけ、自分でそれを掘り下げて答えを考える。そういう練習を橋本先生は、国語の時間でさせているのです。

 

 国語力があるのとないのとでは、他の教科の理解力が大きく違ってきますからねえ。数学でも物理でも、深く踏み込んで、テーマの真髄に近づいていこうとする、前に進もうとする力こそが“学ぶ力の背骨”であり国語力だと思います。[伊藤,p79] 

 

 こう考えると、今の学校教育は知識を教え込んでいるだけで、“学ぶ力の背骨”を伸ばしているとはとても言えないことに気がつきます。そうして、自分の心で感じ、自分の頭で考える生徒たちが、明日の日本を築いていけるのです。 (文責 伊勢雅臣)

TRiP EDiTOR(坂本正敬)

2020/08/23

海外旅行中に日本語が通じる現地の人と出会うと、やはり心強いものです。初めて会った人であっても日本語で話せた瞬間、昔から友だちのような感覚にもなれます。

しかしながら、日本語を話す人の数は、英語や中国語、ヒンディー語と比べて、地球上でそれほど多いとはいえません。

もちろん、旅行の際には現地の言葉や文化を事前に学ぶ姿勢が大切です。でも、普段使わない言語に囲まれていると緊張が続くもの。だからこそ日本語を話す人と海外で出会ったときの喜びは、ひとしおなのです。

そこで今回は各種のデータと海外を渡り歩いてきた筆者の実体験を交えて、日本語が通じる人と出会う可能性が高い国をまとめてみました。

20208月現在は新型コロナウイルスの影響で海外旅行が叶わない状況ですが、コロナ収束後に海外旅行先を選ぶ際の、ひとつの判断にしてみてくださいね。

マレーシア

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               image by:Shutterstock.com


ある取材でマレーシア政府観光局のイベントに参加したとき、イベント後の食事会で、地位のある年配のマレーシア人が日本語で話しかけてくれたのです。

そのイベントに参加している日本人は筆者だけだったため、英語でお互いに自己紹介を済ませると、みなさん何か言いたそうな顔をしていました。笑顔で問いかけると、単語メインではありますが日本語で少しずつ話し出してくれてびっくり!という瞬間が何度もあったのです。

聞けば、マレーシアで現在高い地位を占めている年配の方々が若いころは、日本が「ジャパン・アズ・ナンバーワン」などと世界でいわれていたくらい、日本経済が絶好調だった時代だったといいます。

そのころマレーシアでは「遠い欧米よりも日本を見習え」と、将来有望な若者の多くが日本の大学へ留学をしたそうです。

筆者に声をかけてきくれた人たちも、国の観光業を引っ張る立場の方々ばかり。若いころに大学留学で学んだ日本語をまだ覚えていて、わざわざ日本語で話しかけてくれたのです。

先ほどの「2018年度海外日本語教育機関調査結果(速報値)」を見ても、マレーシアには4万人ほの日本語学習者(義務教育の学校や語学学校で学習する人)がいるそう。

この数は、日本語教育を行っている142カ国のなかで10。しかも2015年版の調査と比べて18%も伸びています。

マレーシアの人口は3,200万人ほど。これだと800人に1人ほどの計算になってしまうので、現実には通じるという印象をそこかしこで体感できるわけではありません。

しかし現在日本語を学んでいる世代と、若いころ盛んに日本へ留学をした世代を合わせると、もう少し通じる人の割合も増えるかもしれませんね。

インドネシア


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               image by:Fredy Albert/Shutterstock.com


インドネシアのなかでも国際的な観光地のバリでは、日本語が比較的通じるなと感じます。大きなホテル、お土産屋さん、タクシードライバーなど、観光関連の仕事をしている人は日本語に限らず外国語がとても上手です。

2018年度海外日本語教育機関調査結果(速報値)」を調べると、海外で日本語を学校や語学学校で習っている人の多い国は、中国に次いでインドネシアが世界第2。なんと70万人近くの人が日本語を習っているのだとか。

インドネシアの人口は26千万人と多いため371人に1人という割合になってしまいますが、日本人が盛んに訪れるバリなど国際的な観光地には、日本語を知る人も集まっている印象がありますね。

ちなみに最近、インドネシアからの留学生を受け入れる企業のお手伝いをしました。その留学生は現地の名門大学出身で、将来有望な青年です。その人に聞くと、インドネシア人にとって日本はいまでも、魅力的な留学先のひとつに見えるそうです。

一時期マレーシアからの留学が増えていた話のように、留学先として日本を目指したくなる国づくりを続けていけば日本に集まる外国人の方々が増え、その先には日本語でコミュニケーションが取れるシーンが増えるかもしれません。

台湾

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新日といわれる台湾ですが、日本が植民地として占領していた悲しい過去があります。

日本は1895(明治28)年に台湾総督府を置き、日本語を使うように現地の人に強制しました。その歴史は第二次世界大戦の敗戦、1945(昭和20)年まで続きます。

この時代を生き抜いた年配の人であれば日本語が通じることが多いのですが、実は現代の若い世代にも通じやすい印象があります。

というのも、日本の文化に詳しいので通じる単語が多いのです。「かわいい」などの言葉を若い世代はよく知っています。

特に筆者が知る台湾人は、ジャーナリストなど海外への関心が高い人が多いというせいもあるのかもしれませんが、日本の地名を驚くほど知っています。

国際交流基金が2019(令和元)年10月に発表した「2018年度海外日本語教育機関調査結果(速報値)」(PDF)によると、台湾で日本語を学んでいる学習者(義務教育の学校や語学学校で学ぶ人)の数は17万人ほど存在しているといいます。

この数字は義務教育の学校と語学学校で日本語の授業を行っている世界の142カ国のなかで7。台湾人の人口は2,300万人ほどですから、135人に1人の割合で、日本語学習者に出会う可能性があるのです。

この数に、日本の文化や地名を単語レベルで知っている人、頻繁に日本に旅行に来てくれる人、さらに日本語ができる高齢者を加えると、日本語が少しでも通じる人の数は増えるはずです。

例えば、都心部の人の集まる空港や駅で困ったときに日本語で助けを求めれば、誰か1人くらいは日本語で応えてくれるかも…というレベルといえそうですね。

中国

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中国の人と日本人は長い歴史を共有し、しかも漢字という同じ文字を共有する国民同士でもあります。

近年SNSでも“中国語っぽさ”をイメージして漢字のみでコミュニケーションを取る「偽中国語(ニセ中国語)」が日本国内で流行りました。しかもこの偽中国語、実際にに中国の人に見せてみると、なんとなく察して伝わる場合がある…というのも面白いものです。

筆者の個人的な感覚として、中国の人とは筆談もできる上に似たような音の言葉も多いので、ある意味「日本語」で何とかコミュニケーションできるという印象があります。

ちなみに、取材先で出会う中国人ジャーナリストたちに限っての話かもしれませんが、彼らは日本の文化や暮らしに驚くほど詳しいです。Nikonのカメラを使う筆者に対して「なぜ富士フイルムじゃないのか(色彩の鮮やかさが違うため)」と突っ込んできますし、「日本車が世界で最高だ」ともいってくれます。

時計もカシオのG-SHOCKを愛用し、CHAGE and ASKAを歌い、日本のアニメに関しては筆者以上に詳しい人が多いのです。

中国の人口は14億人ほど。「2018年度海外日本語教育機関調査結果(速報値)」によれば、学校や語学学校で日本語を習っている人の数は100万人ほど。日本語を習っている人は140人に1人という程度なので、現実には通じない人の方が圧倒的に多いです。

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日本語の通じない中国人とのコミュニケーションにおける醍醐味(だいごみ)は、やはり筆談とお互いの発音の違い比べ

仮にお互いが英語を使えなかったとしても、漢字を持つ国同士のため紙とペンを用意すれば筆談ができ、お互いすぐに仲良しになれます。

また日本流の読み方と中国流の読み方が似ていたり、逆に全く違っていたりするため、共通点や相違点にお互い驚き合えて楽しい時間を過ごせますよ。

政治的、外国的には難しい局面が続いていますが、近い文化を持ち、お互いに理解し合える土壌を持っているはずの中国と日本。

せっかく海を挟んで長い歴史を共有しているのですから、どこかで中国の人と出会ったら積極的にコミュニケーションをとって、筆談にもチャレンジしてみると面白いかもしれません。

オーストラリア


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東アジアを除くと、日本語はやはりオーストラリアの人に通じる場面が多いなという印象があります。

筆者も現地日本語学校の授業に特別に参加させてもらい、書道をする子どもたちの様子を見た経験もありますし、現地で日本人と日本語で話しながら歩いていた際に、オーストラリア人の年配女性から日本語で「日本から来たのですか?」と話しかけてもらった経験もあります。

2018年度海外日本語教育機関調査結果(速報値)」によると、オーストラリアの学校や学校外で日本語を習っている人の数は40万人。オーストラリアの人口はおよそ2,400万人ですから、60人に1人が学校で日本語を習っているという計算です。

台湾では135人に1人、マレーシアでは800人に1人、中国では140人に1人ですから、突出して多い印象があります。

さらにオーストラリアには、日本の文化を好んでくれる人も多い印象があります。例えば、雪質の良い「JAPOWJAPAN+SNOWの造語)」を求め、北海道のニセコや長野の白馬などに繰り返し旅行に来ている人も少なくありません。

また本場ドイツを抑え、「アサヒスーパードライ」が世界で最もおいしいビールだと認めてくれるオーストラリア人も数人いました。


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