天牛(紙切り虫)

私が関心のある、気に入った、「新聞」・「メルマガ」等のニュースをまとめて紹介します。「コメント」は歓迎ですが、「公開」の前に、判断をさせていただきます。

カテゴリ: 野球関係

日本経済新聞(山崎武司 野球評論家)

2020/9/20

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「田沢ルール」の撤廃が決まり、取材に応じる田沢純一投手=共同


海外への人材流出を阻止するためにプロ野球界が設けていた「田沢ルール」の撤廃が決まった。これを受けて
1026日のドラフト会議では今年から日本の独立リーグでプレーしている田沢純一も指名対象となる。職業選択の自由を考えれば妥当な判断だが、日本のプロ野球を経ずに米国に挑戦したいアマチュア選手が今後も出てくることは十分に考えられる。この機会にしっかりルール整備をしておきたい。

新日本石油ENEOS(現ENEOS)で活躍していた田沢は2008年のドラフトで1位指名が確実視されていた。しかし彼はドラフト前に米大リーグに挑戦したい意向を表明し、国内球団に指名回避を求めた。田沢の意向は認められたが、さらにプロ側は田沢に続く有望選手の国外流出を危惧。国内球団を経ずに海外でプレーした選手が帰国した場合、ドラフト指名を23年凍結すると申し合わせた。制裁の色が濃いこの措置が「田沢ルール」だ。

■将来は日米の垣根撤廃を

今年のドラフトで田沢がどれだけの評価を得るか、34歳を指名する球団があるかは現時点で定かではないが、米大リーグでプレーした後、ドラフト指名を受けて日本デビューした選手には前例がある。僕のオリックス時代のチームメート、マック鈴木だ。高校を中退して米国に渡り、マリナーズなどでプレーした後、ドラフト2巡目で指名され、200304年とオリックスでプレーした。

マックはイメージ通りやんちゃそのものだった。10代から個人主義の米国育ちだ。先発してKOされれば「あとはもう知らん」という感じで、ベンチで応援もしない。当然、チーム内には反発も多かった。唯一、僕の言うことは聞いたので「日本ではそれじゃダメだぞ」と何度も諭し、少しずつなじんでいった記憶がある。

社会人野球出身の田沢がマックのように振る舞うことはないだろうが、大リーグでプレー機会がなくなったような選手が日本に戻ってきて厚遇されるようなことがあれば、日本一筋で頑張ってきた選手は面白くなかろう。大リーグ時代には桁違いの給料を稼いでいたベテランであっても、ドラフトを経て入団した以上、年俸はほかの新人と同じ扱いにするのが筋だ。

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ルートインBCリーグ埼玉に加入した田沢。ドラフト制度を改めて議論してほしい=共同

 
ドラフト会議の開催時期の違いなど現実には様々な障害があるだろうが、将来的には日米のドラフトの垣根が撤廃されてもいいと思う。プロになりたいと思う選手がよりレベルの高い場所でプレーしたいというのは当然の願望だ。日米双方の球団から指名を受けた場合、どちらを選ぶかは自由。その代わり、米国を選び、数年後に日本に戻るときには改めてドラフト指名を受け、新人として入団するというシンプルなルールでいいのではないか。

ドラフトに関して付け加えれば、成績下位球団から優先的に選手を指名していく「ウェーバー制」と、フリーエージェント(FA)権を得るまでの期間短縮も合わせて吟味してほしい。日本では逆指名や希望枠が撤廃された後も、希望球団以外は行かないという有望選手がおり、ときには希望球団以外が指名を見送るケースもあった。これは戦力の均衡というドラフトの目的にそぐわない。最初に入る球団は選べない代わりに、しっかり働けば若いうちに自分で選択する権利を得られる。それがあるべきドラフトとFAの関係だと思う。

 

日本経済新聞(スポーツライター 丹羽政善)

2020/9/14

大リーグには「メンドーサライン」という言葉がある。その語源はおよそ40年前まで遡る。

1979年、それまでパイレーツで内野の守備固めなどで起用される程度の選手だったマリオ・メンドーサは、その2年前に誕生したばかりのマリナーズにトレードされると、選手層の薄さもあって、ショートのレギュラーに抜擢(ばってき)された。

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ここまで大谷は打率189厘にとどまっている=ゲッティ共同

 
守備に関しては評判通り。その年、遊撃手としてア・リーグのゴールドグラブを受賞したリック・バールソン(レッドソックス)以上だった、との証言も残る。ただ、打撃に関しては――、これも想定内といえば想定内だったのだが、198厘に終わり、その時点では148試合以上に出場し、打率が2割に満たなかった4人目の選手となった。

148試合以上に出場し、打率が2割に満たなかった選手(1979年当時)
モンテ・クロス(1904.189
トム・トレッシュ(1968.195
ジム・サンドバーグ(1975.199

■始まりは仲間内のジョーク

メンドーサ本人の回想によると、当時のチームメートだったトム・パチョレック(大洋、阪神でプレーしたジム・パチョレックの兄)とブルース・ボクテが、シーズン中からその低打率をからかい始めた。その時点では身内のジョークにすぎなかったものの、翌年春、わずかな期間ながら打率が2割台前半に低迷したジョージ・ブレット(ロイヤルズ)にパチョレックらが、「気をつけないと、メンドーサラインを下回るぞ」と伝えたそう。

ブレットがその後、「(規定打席に達している全選手の打率が掲載される)日曜日の新聞で楽しみなのは、誰がメンドーサラインを下回っているか確認すること」と記者らに話し、それを聞いたクリス・バーマンという米スポーツ有線局「ESPN」のアンカーが人気番組「スポーツセンター」で口にするようになると、打率2割前後の"隠語"として、広く認知されるようになった。

さて今年、なぜかそのメンドーサラインに、多くのオールスタークラスの選手がひしめく。

昨季49本塁打、打率.271だったエウヘニオ・スアレス(レッズ)の打率は.2042年前のMVP(最優秀選手)投票でナ・リーグ2位となり、過去2年連続オールスターに選出されたハビエル・バエズ(カブス)の打率は.196。過去2年、ナ・リーグの首位打者で、2年前ナ・リーグMVPに選ばれ、昨季はナ・リーグの同投票で2位だったクリスチャン・イエリチ(ブルワーズ)も.208に低迷する。

さらに、2017年のア・リーグMVP14年から4年連続で年間200安打をマークしたホセ・アルトゥーベ(アストロズ)の打率も.224だ。ともに規定打席には達していないが、秋山翔吾(レッズ)の打率は.228、筒香嘉智(レイズ)の打率も.200とメンドーサラインにいる。

もちろん、通常のシーズンで、実力のある選手であればそろそろ調子を上げる時期なのかもしれないが、短縮シーズンの今季はすでに残り2週間を切った。「ようやくいい感じになってきた。よし!ここから」――、というタイミングで終わりが迫る。マラソンならスタートの遅れを挽回するのは難しくないが、短距離走ではそれが、致命的だ。

■大谷も打率2割満たず苦しむ

エンゼルスの大谷翔平もそんな一人か。11日の試合を終え、打率は.189まで下がった。

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94日のアストロズ戦で大谷はメジャー初のサヨナラ打を放った=共同


それでも本人によれば、試行錯誤の中でようやく答えを見いだそうとしている。不振の要因と復調の兆しについて、これまで何度かデータを示しながら検証を試みてきたが、メジャー初のサヨナラヒットを放った4日、大谷は「ヒットが出たっていうよりは、見え方というか打席での感じが、前の打席もそうでしたけど、良かった」と話し、続けた。

「立ち方がすごい――、ピッチャーがよりクリアに見えてましたし、距離感の詰め方だったりというのも良かった」

たまたまではない。根拠のあるヒットだったのだ。

大谷は同じような話を今年のキャンプでもしたことがある。

オープン戦が中盤に差し掛かった36日、「今日は見え方が良かった」と手応えを口にした。「構えている段階のピッチャーの見え方が良かった」。構えが決まると、タイミング、ボールとの距離感という大谷の打撃の根幹をなす要素が安定する。大谷は、こうも強調したのだった。

「だいたい、構えで決まる」

ところがその6日後、新型コロナウィルスの感染拡大によってキャンプが中断されると、つかみかけた感覚を熟成し、確かなものとする時間を失った。

7月に入ってキャンプが再開されると、その感覚を再び取り戻す作業を迫られ、かといってそれは紅白戦などの打席をいくら重ねても得られるものではなく、実戦での打席数が必要。ところが、今年の場合、オープン戦はわずか3試合。大谷が立ったのは5打席。通常なら開幕前に済ませる作業ができず、開幕後に公式戦を通してそれをするしかなかった。

■「構え」はしっくりしてきたが

だが、公式戦である以上、オープン戦のように設定したテーマをクリアできればいいわけではなく、結果も求められる。それはオープン戦やマイナーでのリハビリ登板を飛ばし、紅白戦からいきなり公式戦に臨みケガを招いた投手としての調整の難しさにも通じるが、"構え"ということに関していえば、9月に入ってようやくそれがしっくりし始め、大谷も「そうですね」と認めた。

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サヨナラヒットの翌日以降も5試合で16打数3安打となかなか結果がともなわない=ゲッティ共同

 
「技術面で言うなら。そういうところというか、立ち方、まずは構え、そこから始まると思うので」

かといって、それですべてが解決するわけではないところがもどかしい。サヨナラヒットを放った翌日以降、5試合で16打数3安打、1打点、1四球。長打はゼロ。なかなか結果を伴わない。

もっとも、大谷は次の言葉に何かを含んだ。

「みんな簡単かなって見えるかと思うんですけど、同じように毎回毎回立っていくっていうのも、すごい難しい。そこは何回やっても難しい」

いずれにしても、これだ! と、ぶれないものをつかんだそのとき、二刀流選手としての復帰を期した大谷の2020年はあっけなく幕切れを迎えてしまうのかもしれない。

(記録は911日現在)

 

観客制限の中でも出た陽性者、観客増への対策は十分か

JBpress(臼北 信行)

2020.9.10

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619日に無観客で開幕したプロ野球は、710日から5000人を上限に観客を迎えて開催できるようになった(写真:ロイター/アフロ)

 見直しが本格化しそうだ。日本プロスポーツ界の2大巨頭と言えるプロ野球とサッカー・Jリーグが共同で上限5000人とされている入場者数の制限緩和を求めて8日に政府へ要望書を提出。一方、政府の西村康稔経済再生担当大臣は9日、イベント開催の制限緩和について11日に行われる予定の政府の分科会で検討し、早ければ今月19日にも制限を緩和する可能性があると述べた。

 プロ野球を統括するNPB(日本野球機構)とJリーグは入場制限について2万人または収容人数の50%のどちらか少ない方への緩和を求めている。ウィズコロナの新しい生活様式が浸透していく中、すでに経済的な大打撃を被っているプロスポーツ界全体も生き残りをかける上で徐々に集客人数を増やしていきたい考えで共通しているのは言うまでもない。しかし、先急ぎは禁物だ。制限緩和には当然のごとくリスクもはらんでいる。

クローズアップされなかった「観客の中から陽性反応者」の情報

 これに付随する話として先日「?」が漂う場面がテレビ番組で流れた。8日に放送されたフジテレビ系の情報番組「とくダネ!」においてのワンシーンである。同番組はNPBJリーグの要望書提出をトピックスとして取り上げ、埼玉西武ライオンズの大ファンでもあるキャスターの小倉智昭氏が「各球団でも対策を十分とっていて、観客の行動とか住所とかも把握するようにしてるんですが、プロ野球の観客から新型コロナの感染者が出たという話がないんですよ」と発言した。

 だが厳密に言えば、このコメントは正しくない。プロ野球が新型コロナウイルス対策として入念なガイドラインを設けていることは間違いないものの「観客から感染者が出たという話がない」という発言は正確性に欠けている。

 その理由は前日7日の時点でNPBの斉藤惇コミッショナーがメディアに対し、ここまで開催されたプロ野球の今季公式戦において観戦後48時間以内に新型コロナウイルスへの陽性反応を示した来場者が1人いたことを明かしていたからだ。

 同コミッショナーによれば所轄の保健所とともに調査した結果、他の来場者の濃厚接触者はいないと判断されたことで試合日や対戦カード、球場名は公表しないという。

観戦後とはいえ罹患が事実上判明してしまった来場者と、そして球団側もガイドラインに則って滞りなく迅速な対応を取ったと判断しており、結論としてクラスター(感染者集団)発生等の感染拡大にもつながらず大事には至らなかった。

 ところが、これに関する報道はほとんどのメディアで非常に小さい扱いでしか取り上げられておらず、中には“スルー”している社もあった。それもあって小倉氏のように世の中には知らない人のほうが圧倒的に多いのだろう。

陽性反応者が出た場合、どこまで情報を公開すべきか

 冷静に見聞きすれば、プロ野球の公式戦来場者から陽性反応者が1人出ていたという事実はそれなりにインパクトのあるニュースだ。

 だから、この話が小さい扱いながらも一部のメディアを通じて報じられた際、ネット上ではそれなりに話題となり「感染者の周りにいた客も検査したほうがいいのではないか」「感染した試合を公表しなければ、あらぬ憶測を呼んで逆に不安を煽るだけでは・・・」などといった疑問の声が散見された。

 とはいえ、これは非常に難しい問題だ。NPBをフォローするわけではないが、専門的知識を持つ管轄の保健所が濃厚接触者はおらず問題はないと判断しているにもかかわらず「念のため」と独断で動き、周囲の客にPCR検査を促したり、観戦カードの公表に踏み切ったりすれば、いらぬ風評被害やプライバシーの侵害を招く恐れも出てくる。

 極論かもしれないが、例を上げると昨今のようなネット社会なら「〇〇って、陽性反応者が出た〇〇の試合を見に行っていたらしいよ」「それじゃあ〇〇は黙っているけれど、隠しているだけで本当は陽性反応者の傍にいたかもしれないな」などと心ないユーザーによって誹謗中傷を招く危険性も残念ながらゼロではないということだ。

 そういう観点から今回、NPBの選択した判断はガイドラインに沿ったものであり、特に非難されるべきことではなく誤っていないと考える。

感染リスクも高まる「観客制限緩和」、対応策は整っているのか

 ただ、ここから話を戻すが、政府が現在の「ステップ3」からイベント開催の制限緩和を決定した際にはプロスポーツ界も各々で設けたガイドラインをもう一度、現行のままではなく発展的に見直してマイナーチェンジを図るべきであろう。プロ野球で観客の中から1人の陽性反応者が出たことが明らかになった実例を鑑みれば、今後来場者数の制限が緩和される中で同じようなケースは十分に起こり得る。しかも観客を増やすのだから単純に考えても分かるように、感染リスクは上がるだろう。

 そういう見解においても、今後また観客の中から感染者もとい陽性反応者が出てくると想定し、保健所の判断で濃厚接触者がいないとされても念を入れたダブルチェックが所属団体や機構、もしくは球団、クラブなどによって義務付けられる強固な体制とガイドラインを再整備することはやはり必然となりそうな気がする。

 特に来場者の陽性反応例が明らかになったプロ野球は日本のプロスポーツの中でも圧倒的に1試合の集客数が多い。それだけに統括するNPBは今回の事例を踏まえ、今後早急に妙案を組み込んだガイドラインおよび体制の見直しを視野に入れた話し合いの場を持ってもいいのではないだろうか。

 斉藤コミッショナーは「サッカーや野球ではガイドラインを修正しながら、それなりの効果を出している。東京五輪・パラリンピックの実現と来場者の方々に安全かつ安心をいただくために、それを示すことも重要だ」とも述べている。

 そのようにコロナ禍における世界的イベントの実現と安全確保に向けた橋渡し役となることを念頭に置いているのであれば、ぜひここは観客の陽性反応例に直面した経験を踏まえて新しい生活様式におけるプロスポーツの在り方を言葉通りに「修正」し、世に示して欲しいと願う。

 

WEDGE Infinity (赤坂英一 スポーツライター)

2020/9/9

 日本ハム・中田翔(31)が久々に〝らしい姿〟を見せてくれたと思った。と言っても、土壇場での決勝打や豪快なホームランのことではない。首位を走るソフトバンクとの試合中、チャンスに凡退して怒りを露わにしたのである。

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                             Pete Van Vleet/gettyimages

 ファンの間で話題になった場面は8月30日、ペイペイドームのソフトバンク戦。初回に4点を先制しながら、その裏に3点を取られてたちまち1点差に追い上げられた二回1死一、三塁だった。ここで打順が回ってきた中田は三ゴロに倒れて追加点を挙げられず。その直後、ベンチに立てかけてあったバットを振り上げ、悔しさを剥き出しにして見せたのだ。

 ちなみに、試合はその後、逆転負け。二回のチャンスで中田に3ランの一発でも出れば快勝していたかもしれない。中田は試合後、さらに悔しさを募らせたことだろう。

 中田は栗山英樹監督就任1年目の2013年から開幕4番に指名され、今年まで9年連続で重責を継続中。そうした中、昨季は右手のケガ(右手母指球部挫傷)などもあって、13年以降最も少ない124試合出場にとどまり、チームも5位に低迷している。

 主砲として捲土重来を期した今季は打撃絶好調で、8月22日の楽天戦では12球団一番乗りの20号本塁打を放った。シーズン最速での20号到達は、中田自身15年以来5年ぶり2度目で、球団史上初の〝快挙〟でもある。

 また、打点もこの時点で12球団トップの64をマーク。9月に入っても勢いは衰えず、12球団最速で70打点を突破した。

 日本一となった16年以来2度目の打点王に加え、中田自身初の本塁打王のタイトルともあわせて、2冠も視野に入っている。最近、ソフトバンク・柳田悠岐(31)、西武・山川穂高(28)に奪われていた感もあった「パ・リーグを代表するスラッガー」の座を、持ち前の底力で奪い返す可能性も大だ。

 しかし、チームは開幕以降、まったく首位争いに絡むことなく、昨季に続いてBクラスに沈んだまま。中田がソフトバンク戦で怒りに任せてバットを振り上げたのも、相当鬱憤が溜まっていたからに違いない。それはまた「主砲として自分がチームを引っ張っていかなければならない」という責任感の裏返しでもあると思う。

 私が初めて中田にインタビューしたのは、ちょうど10年前の2010年で、場所は二軍の本拠地・鎌ヶ谷だった。中田はまだ3年目で、長らく二軍暮らしが続いていた最中。入団時に太り過ぎていることを記者に指摘されて、「動けるデブになったらいいんでしょう」と発言したり、ソフトモヒカンのような突飛なヘアスタイルにしたりと、何かとやんちゃなイメージが強かったころである。

 「入団したころは、自分でもアホみたいやと思うようなことを言うてましたね。でも、僕、あのころはずっと戸惑ってたんです。毎日が戸惑いの連続というか。僕の場合、野球選手としてというより、別のイメージが先行して騒がれてましたから」

 日本ハムの二軍監督として中田を預かった水上善雄は当時、こう指摘していた。

 「中田は甲子園で活躍した高校(大阪桐蔭)時代から、〝清原二世〟と言われていたことを意識していました。高校3年間の通算で、清原(和博)を抜く本塁打の新記録(87本)を作って、清原と同じドラフト1位で入ってきましたからね。

 でも、プロ野球のスーパースターは、誰もが特別な個性を持っているものです。清原や落合(博満)さんがそうだったように、誰かの二世やコピーであってはならない。中田にはそう言い聞かせました」

 その意識付けの一環として、水上は中田に、サインを求められたら「初代中田翔」と書くように勧めた。まだ結果の出ていない高卒の若手に対して、下手をしたらファンに笑われかねないようなことを教えたのだ。

 しかし、こういう大胆な意識改革が、毎日戸惑ってばかりいた中田にとっては、間違いなくプラスになった。中田本人も、こう振り返っている。

 「二軍ではそういう指導を受けて、僕の精神状態だとか、首脳陣がちゃんと見てくれてるんだな、ということを感じましたね。周りの選手を見ても、それぞれの個性や特長に合わせた指導が行われている。これがプロなのか、プロってすごいな、と思いました」

 こうして中田は一人前に成長していった、と書くとわかりやすいが、今日の地位を築くまでにはその後も様々な紆余曲折を経なければならなかった。08年、初めて中田を一軍に昇格させた当時の日本ハム監督・梨田昌孝はこう話している。

 「翔はすぐ裸にされるんですよ。相手バッテリーに見下ろされている。わかりやすく言えば、真っ直ぐで内角を突いて、変化球を外角に落としたら、クルリと空振りしておしまい。確かに長打力はあるんですが、打者としての怖さやいやらしさがまだ足りない」

 栗山監督から開幕4番に指名された12年以降も、すぐ貫禄たっぷりの主砲として恐れられるようになったわけではない。現に田中将大は、楽天の大エースだった13年、中田を評してこう言っている。

 「中田はわかりやす過ぎるんです。対戦するたびに、いつも真っ直ぐを投げてください、という顔をしてるんだから。そんな、相手が口を開けて真っ直ぐを待っているところへ、わざわざ真っ直ぐを投げてあげるような投手はいませんよ」

 このように田中に見下ろされているのは、中田も十分感じていたらしい。

 「田中さんは、僕に本気の真っ直ぐを投げてくれたことが一度もありません。攻め方も、稲葉(篤紀、現侍ジャパン監督)さんと僕とでは全然違います。田中さんは稲葉さんには全力でいくけど、中田にはこのぐらいでええやろって球しか放ってこないんです」

 日々、そういう悔しさを糧に経験と練習を積み重ねてきたからこそ、今日の中田がある。1819年の2年間はキャプテンも務め、選手に檄を飛ばしたり、ときには食事会を開いてねぎらったりするようになった。その姿は、かつて日本ハムの中心選手だった時代の稲葉を彷彿とさせる。中田は選手としてだけではなく、チームリーダーとしても着実に成長を遂げているのだ。

投手陣を下から支える〝縁の下の力持ち〟

 そんな中田が1試合2本塁打で大暴れした試合で、前人未踏の大記録を打ち立てた投手がいる。8月12日、ZOZOマリンスタジアムでのロッテ戦で、今季13ホールド、プロ野球史上最多の通算350ホールドを達成した中継ぎ投手・宮西尚生(35)だ。

 中田を打線の牽引車とするなら、この宮西はさしずめ、投手陣を下から支える〝縁の下の力持ち〟というところか。

 中田とはドラフト同期生で、07年秋の大学・社会人ドラフト3位指名を受け、関西学院大から日本ハムに入団した。プロ1年目の08年から開幕一軍入りを果たして以来、すべてリリーフで13年連続50試合以上に登板している。

 チーム事情で抑えに回されたケースはあるが、ほとんど中継ぎ一筋。先発が一度もない半面、故障や不調で長期離脱したシーズンもまた一度もない。

 13年間で最多ホールドを記録し、最優秀中継ぎ投手賞のタイトルを獲得したシーズンが3度。チームが5位に終わった昨季も試合を壊さないように投げ続け、自己最多の43ホールドをマークしている。まさに鉄腕、かつ鉄のメンタルの持ち主と言っていい。

 それでも、「リリーフは裏方。主役は先発投手か野手でいい」が宮西のモットー。球界最高の実績を、決して自ら誇ろうとしない。

 この宮西もまた、ベンチ裏では常にチームメートへの気配りを欠かさない。ロッカーやブルペンの空気が澱んでいると、自ら冗談を飛ばして和やかに話せる雰囲気を作る。後輩の投手が打たれて落ち込んでいたり、一軍に昇格した若手がストレスを抱えていたりすると、食事に誘って彼らの悩みを聞く。

 以前、宮西に話を聞いて感心させられたのは、「投手だけでなく野手にもふだんから声をかけて、ときには食事にも行くようにしている」ことだ。

 「野球チームは、投手は投手、野手は野手で分かれて固まることが多いんですが、それはよくないと僕は思う。そういうチームでは、例えば投手が四球を出すと、後ろで守る野手が『なんで歩かすねん』と思ったり、野手がチャンスで凡退すると、投手が『なんで打たへんねん』と思ったりするやないですか。

 そういうチーム状態では、勝負をする上で最初から不利になってしまう。だから、普段から投手と野手がコミュニケーションを取ることが必要なんです。そうやって、お互いの性格がわかれば、投手は『いつも点を取ってくれる野手のためにゼロで抑えよう』とか、野手は『いつも抑えてくれている投手のために点を取ってやろう』と、自然と考えられるようになるものだから」

 そうした投手と野手がコミュニケーションを取ることの大切さは、「稲葉さんや金子(誠、現日本ハム野手総合コーチ)さんがまだ現役だったころに教わりました」と、宮西は話していた。彼もまた中田と同様、稲葉や金子のレガシーを受け継いだ選手のひとりなのだ。

 07年ドラフト同期生コンビ、中田と宮西がどうチームを建て直していくのか。そういう視点から見れば、今季の日本ハムはまだまだ面白い。

〈参考資料〉

○日刊スポーツ:nikkansports.com『日本ハム中田が怒り爆発、ベンチでバット振り上げる』8月30日配信

○Sports Graphic Number PLUS『FIGHTERS’ IDENTITY 北海道日本ハムファイターズ 11年目の未来設計図』2014年4月1日発行/文藝春秋

○赤坂英一著『プロ野球二軍監督 男たちの誇り』Kindle版/講談社

 

日本経済新聞(土田昌隆)

2020/9/8

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楽天の投手陣の柱となり、リーグトップの8勝を挙げている涌井=共同


プロ野球パ・リーグの上位争いに食らいついている楽天。いま投手陣の中心を支えているのが34歳の涌井秀章だ。8勝(1敗)、防御率2.43はともにリーグトップ。新しい球種で投球の幅が広がり、精神的にもロッテからの移籍がプラスに働いている。チームの勢いに陰りが出てきている中、涌井には最後まで柱としての活躍が期待される。(記録は7日現在)

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開幕が3カ月ほど遅れた今シーズン。67月の月間MVPに選ばれた。この間、涌井は負けなしの5勝、防御率2.89だから文句なしの受賞だった。記者会見でははぐらかすような表情で「調整期間にやってきたことがよかったのかなあ。改めて練習って大事だなと思った」。

新型コロナウイルスの感染拡大で開幕前、楽天は選手の球団施設利用を厳しく制限したが、涌井はその間も走り込みを続けていたのだろう。試合前、打撃練習を遠目に黙々と外野を走っている、現在と同じように。

好調の原因を「今季はストライクを取るのに苦労していない。カウントが不利になってもストライクがとれる」と分析する。走り込みで培った下半身が安定したフォームと制球力につながっている。体の切れもよく、球速も昨年までより上がっている印象だ。今季、74回で71個と投球イニングに迫る三振を奪えているのは、真っすぐに力があるからだろう。

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涌井は67月の月間MVPを受賞(楽天球団提供)=共同


さらに今季から使い始めたシンカーが効果的だという。「キーになる球。もっと精度を上げていろんな使い方をしたい」と手応えを語る。移籍を機に、楽天での現役時代に持ち球として多用していた小山伸一郎投手コーチに教えを請うた。春のキャンプで投げてみると「小山さんも上々の反応で、自分でも『こりゃいけるぞ』と」。小山コーチのシンカー、通称「こやシン」と名付けた。

重要なのは「ベース上で球を動かすこと」だ。バットの芯を外して、凡打に打ち取ったり、ファウルでカウントを稼いだりできるのだとか。着手から半年足らずで新しい球種を使いこなせるのは、涌井の投手としての能力の高さゆえだろうが。

過去に3度も最多勝を手にしていながら、なお新しい取り組みに挑んだのは、昨季の雪辱への思いからだろう。昨季は37敗、規定投球回に届かない104イニングにとどまった。そんな中での金銭トレードによる楽天への移籍はメンタル面にも好影響を与えた。

月間MVP受賞時、「楽天に来て、必要とされているなと感じた。やりがいを感じながら投げている」と語り、さらにタクシーに乗った際に「『(仙台に)来てくれてありがとう』と言われて……。まさか運転手さんに言われるとは」とエピソードも明かした。直接触れたファンの声に、あらためて勤務地が変わったことのプラス面を実感したようだ。

ここまでのハイライトは、月間MVPが決まる直前の85日だった。首位を争うソフトバンクを、九回1死まで無安打に封じ込んだ。代打川島慶三に中前打を許したが、気を緩めることなく後続を連続三振で抑えた。最近は先発投手の成績を評価するとき、クオリティースタート(QS6イニング以上で自責点3以下)という用語が使われるが、涌井がこだわるのはあくまで「先発完投」。この132球での1安打完封はまさに面目躍如だった。

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三木監督(右)は涌井に対して「頼れる投手」と絶大な信頼を寄せる=共同


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26日のロッテ戦で味方の援護がなく0-2で敗れ、開幕からの連勝が8で止まったが、その試合も含め、今季はほぼコンスタントにQSをクリアしている。表情を変えず、黙々とマウンドを守る姿はベンチにも頼もしく映るようで、三木肇監督は「チームとしてなかなかペースがつかめないときでも、一切気にすることなく、逆にそれを力に変えて結果にもつなげている。いろんな経験がある、(投手として)引き出しの多い頼れる投手」と絶大な信頼を口にする。

通常のシーズンより少ないとはいえ、各チーム120試合はなかなかの長丁場だ。火曜から日曜までひたすら6連戦が続く日程は、選手により重い負担を強いている。楽天の先発陣も当初思い描いていたようには進んでいない。今季、抑えから先発に転向した松井裕樹は一時不振で1軍を離れ、石橋良太、弓削隼人らは現在2軍で調整中だ。実績十分の岸孝之も復調に手間取っている中、開幕投手の則本昂大までが右手のケガで95日に出場選手登録抹消となった。

残り50試合あまり、先発ローテーションのやりくりに監督、投手コーチが頭を悩ませる中、最低67回を常に任せられる涌井の存在はさぞ心強いことだろう。

 

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