DIAMOND Online(姫田小夏:ジャーナリスト)

2020.9.18

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感染拡大を封じ込めたと言われる大連市内の様子(写真:林慎一郎氏提供、以下全て同)

先月、ある日本人男性が中国出張で、2週間の隔離生活を余儀なくされた。新型コロナウイルス封じ込めのための中国の隔離政策はあまりに有名だが、果たして日本人にとってどんな体験だったのか。不慣れな日本人には克服しがたいその壁と、過酷な隔離生活の実態をリポートする。(ジャーナリスト 姫田小夏)

中国出張者が明かす、大連14日間の隔離生活

 「大連の子会社のスタッフが買ってきてくれたペットボトルの『お~いお茶』を一口飲んだとき、『これでやっと隔離が終わったんだ』と感無量でした」

 日本の上場企業で国際部長を務める林慎一郎さん(56歳)は、“大連での隔離明け”の心境をこう語った。

 820日、成田空港からJAL便で大連に渡った林さんは、その場ですぐにホテルに移動させられて隔離生活に入った。事前情報は乏しく、体験することの多くが想像を超えたものだった。その厳しい隔離生活は93日まで続いたが、隔離明けから2週間が過ぎた今、「これから中国にやって来る日本人のために」と、その状況をつぶさに語ってくれた。

 その日、日本人乗客23人と中国人乗客210人を乗せたJAL829便は、1145分に大連周水子国際空港に到着した。機内に乗り込んできた防護服姿のスタッフによる体温測定が終わると乗客らは降機し、空港ターミナルに誘導された。問診票を記入し、PCR検査を受けるという一連の流れを経て、ようやく荷物をピックアップするターンテーブルにたどりついた。

 着陸からの所要時間は、ざっと2時間だった。その後、同乗していた日本人23人は同じバスに乗せられ、「こちらの方がおすすめ」だという現地係員の案内に従い、1500元(1元=約15円)のリゾートホテル「聖汐湾度假」に向かった。ここまでの流れは事前に理解していたとはいうものの、林さんは「降機から3時間、コンビニに立ち寄る時間さえも与えられず、1滴の水さえ飲めない移動だった」と振り返る。

 1450分にホテルにチェックインすると、パスポートのコピーを取られ、その後、中国の通信アプリ「ウィーチャット」を使って、今まで同行していた日本人同士がグループチャットを組むようにと指示された。

 「このウィーチャットは、ホテル側(実際は当局)からの連絡と、宿泊客の12回の体温の報告に使います。同じグループの日本人の中には『ウィーチャットの利用は初めてだ』と申し出る人がいるにもかかわらず、使い方も教えてくれないので、最初は皆が混乱しました」

 そして、ホテルで渡されたのは、なんと「水銀式の体温計」だったという。中国ではなんでもハイテク化していると聞かされてきた日本人は、ここでも意表を突かれた。その後、部屋に入ると、それ以降は室内から出ることは厳禁とされ、8時、12時、18時の13回、弁当が扉の外に置かれる生活が始まった。

まるで独房のような経験

 中国との往来はかれこれ14年目という林さんも、13回の中国式弁当「盒飯(フーファン)」にはさすがに耐えられなかった。緑豆(りょくとう)をまぜて炊いたご飯、粟を炊いたような雑穀のおかゆ、昆布の炒め物やキュウリの漬物…。肉類はお情け程度についてくるだけで、まるで僧侶の粗食だ。いまどき、この手の弁当でも分厚い肉が入っているのが定番であり、地元の人でもこれは「勘弁」だろう。林さんはカップラーメンと缶詰を持参していたが、それも尽きると最後は「ご飯にふりかけ」でしのぐしかなかった。

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日本人にはなじみのない昆布の炒め物の入った弁当

 弁当には生野菜がつかないので、林さんは現地子会社の従業員に頼んで野菜ジュースを差し入れてもらった。外部からの差し入れは許可されたようだが、ホテル側に「毎日は困る」と言われ、週2回程度ということで目をつぶってもらった。

 室内での生活は、大小2枚のタオル(2週間これを使い続ける)を与えられるだけで、洗濯も掃除も自分で行わなければならない。そこで、もはや中国渡航の必需品となった使い捨て除菌シートが活躍した。洗濯は脱水するのに苦労した。

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                                    「肉っ気なし」は地元民も「勘弁」だ


「文庫本を20冊ほど持参したので、前半の1週間はまだなんとか耐えられましたが、それを読み終わってしまった後半はどうにも時間をつぶすことができない。NHKの衛星放送すら受信できませんから。13回、ピンポンとベルが鳴って弁当が届けられるだけで、あとは携帯電話に着信するグループチャットを、うつろな目で見ているしかないんです。ホテルの前には警察車両が横付けされ、監視カメラとともに隔離中の利用者をじっと見守っている。途中で逃げ出せば、さらに7日間の隔離が追加されます。これはまるで、刑務所の独房にいるかのような経験でした」
 

中国に渡航しなければならない“喫緊の理由”

 14日間のホテル代の合計は7000元(約105000円)、それ以外に血液検査とPCR検査費用として238元(約3570円)がかかった。ホテル側からは「検査費用は現金で、ホテル代はQRコードで支払うように」と指示された。

 林さんは日本でウィーチャットペイを登録していたが、中国では利用できなかった。また、林さんと同じ便に搭乗した日本人の中には“ガラケー”(ガラケーの宿泊客に対してはスマホが貸与された)しか持っていない人や、中国生活に不慣れな人もいて、とてもQRコード決済などできる状況ではなかった。空港で人民元に交換する時間もなく、ホテルに連れてこられたわけだが、最終的にはクレジットカード決済で難局を乗り切ったという。

 それにしても、このようなリスクを冒してまで中国に渡航しなければならない“喫緊の理由”とは何だろう。林さんは次のように語っている。

「私の場合は、責任者のサインがないと業務が滞るというので、急遽、渡航を計画しました。コロナ禍で、税関手続きに必要な書類の月末締めのサインを8カ月分も遅らせてきたのです。総経理(日本でいうゼネラルマネジャー)、董事長(日本の取締役のような立場)という役職に就きながらも日本に滞在している人も少なくありませんが、こうしたケースでは、印鑑を持って本人が中国に移動しなければ会社が回らなくなってしまいます。恐らく、中国に不慣れな日本人も少なくないのは、こうした事情もあるからでしょう」

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                                 14日間の隔離生活を送ったリゾートホテル

 ちなみに林さんによれば、現段階で入国できるのは「法人を活性化させるための目的に限られる」という。

 よほど豊富な中国経験を持たない限り、この“中国式隔離生活”はのっけから地獄を見る思いだろう。こうしたこともあってか、ホテルに滞在した日本人は次に来る日本人のために、改善点を要求してここを去るのだという。爪切りや歯磨き粉がホテル内で購入できるようになったのもそのためだ。林さんも早速、食事の改善を遼寧省の外事弁公室(国際交流を担当する部署)に申し入れた。

長かったのは成田空港までの道のり

 実は、林さんの中国渡航における困難は、日本を出発する以前から始まっていた。まずはビザの申請だ。今回の中国入国に際して、90日のMビザ(商務貿易ビザ)を申請したのだが、それには省レベルの外事弁公室が出すバーコード付きの招聘状が必要になる。申請は、日本商工会の組織である大連商工会を通じて手続きを行う必要があった。通常、現地の企業が必要とする人材には企業が発行する招聘状で事足りたが、コロナ禍においてはこれが通用しないようだ。

 招聘状が下りたのちに航空機を予約するという段取りになるが、これも毎月下旬に中国当局が発表する翌月の就航予定にも注意しなければならない。突然キャンセルされる便もあるからだ。

 状況の変化に応じたルールの変更も少なくない。すでに中国大使館は「2020925日(25日当日を含む)から、日本から中国へ渡航する中国籍および外国籍の旅客に対し、搭乗手続きの際は、3日以内(発行日を基準とする)の新型コロナウイルスPCR検査陰性証明が必要になる」と伝えている。林さんは今回の渡航で、日本でのPCR検査が「急に義務化するかもしれない」と用心し、証明書日付が出発前の818日になるよう、同月14日にPCR検査を済ませていた。彼は隔離前後も含めて合計3回PCR検査を受けた計算になる。

 隔離生活を終えた林さんを迎えたのは、再会を喜ぶ現地の友人や従業員らの熱烈な「ハグ」だった。「おいおい、ちょっとそれは」と林さんはたじろいだが、大連市民はまったく意に介していなかったという。今年7月下旬から再び新型コロナウイルスが流行した大連市では、市民全員を対象にPCR検査を実施したのだ(916日の時点で新規感染者はゼロとなっている)。

 PCR検査とアプリのヘルスコードによる管理、ほぼこの2点のみで感染を封じ込めようとするのが中国だ。人口大国の中国では、生活の差や教育の差など、あらゆる格差が大きいため、日本のような「自主管理」に期待するのは難しい。中国政府の強制措置には反論もあるが、「安心感は結果として経済回復に大きな作用をもたらしているんですよね」と林さんは語っていた。