コロナと米中対立で、米国指向だった留学先に変化

JBpress(加藤 勇樹 :香港企業Find Asia 企業コンサルタント)

2020.9.16

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        2019年秋に中国深圳市で行われた、帰国した留学生を対象にした合同就職会(FIND ASIA提供)


現在約530万人とされる世界の留学生総数のうち、中国人の留学生は約160万人を占める。これまで留学先として最も人気の高かったのが米国だが、中国人の留学指向に変化が現れている。(JBpress

 新型コロナウイルスによる世界全体での移動規制、貿易問題に始まった米中間の対立などで、世界各国は9月からもう一つ新しい変化に直面しています。それは、中国からの留学生たちです。

 日本では多くの学校の学期が4月開始ですが、世界では9月開始が大部分で、中国でも同様です。9月に入り世界各国で学生たちが新学期を迎える中で、160万人という世界最大の留学生グループである中国人留学生の指向がどのように変わりつつあるか、最新情報をお届けします。

中国人にとっての留学の意義

 外の世界で異文化を通じて学びを深めるという留学は、学生にとってはかけがえのない財産になります。また将来のキャリア形成や人生の選択肢をより豊かにします。

 中国人の学生にとっての海外留学は時代とともに変遷を遂げてきました。1980年代までは、海外留学をするには中国国内の厳しい選考が必須でした。この世代の学生は公費留学や政府による派遣留学という形でしか、留学の道がありませんでした。

 その国内選考が80年代半ばに撤廃され、その後、中国からの留学生が急増することになりました。

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                                  中国から出国した留学生数の推移。中国国家統計局および関連情報から作成

 中国人留学生が増加した大きな要因は、中国国内の経済発展により、留学費用などの経済的な障壁がなくなっていったことでしょう。

 その一方で、高学歴化が進む中国国内で、キャリア選択の可能性を広げるために海外大学での学位習得が求められるようになったことも、無視できません。

 特に近年人材の高度化が中国全土で提唱されるようになり、留学生をはじめとする高度人材への優遇政策が各地で始まりつつあります。海外留学後、中国に帰ってきた学生たちは、海外帰りを意味する「海亀族」という通称で呼ばれるほどの社会集団になりました。

帰国した留学生には戸籍取得などの優遇策が

 中国の高度人材優遇政策は、10億円単位の研究援助が支給される千人人材計画や孔雀計画など国家レベルの研究者や企業家を支援する政策、各地方の独自に行われる地方人材優遇政策まで幅広く実施され始めました。

北京市においては海外の大学で研究した海亀族に対して、北京市での戸籍取得における優遇、起業にあたっての10万人民元の資金援助などが実施されています。風変わりなところでは、自動車購入時の税金免除などもあります。広州市でも同様の広州市における戸籍取得の優遇があり、広州市で定住を決めた海亀族に対して6万人民元に上る移住手当ても支給されます。

 この優遇政策における注目点は、戸籍取得支援ということです。

 日本と中国の戸籍制度は大きく異なっています。中国では出生地に基づいて戸籍が制定されていて、受給可能な社会保障や公共サービスに大きな差が生じます。

 戸籍と異なる町に転居した場合、子供の通える学校、年金などの社会保険の算定額、不動産の購入許可など幅広い制限が課せられます。通常新しい町で戸籍を取得するには510年という期間が必要なのです。

 優秀な人材や海亀族の争奪合戦は2015年からいっそうの激化を見せており、北京、上海、広州、深圳という一線級の大都市から、成都や杭州という成長段階の都市にも次々に優遇政策が広がっています。

 学生たちにとっては海外留学という選択は、中国国内でのより良いキャリアや自由な都市生活につながるための重要なきっかけといえます。日本人学生にとっての留学よりも、重要な意味を持っているといえるではないでしょうか。

中国人留学生を受け入れる経済効果

 中国人留学生はその人数の多さから、世界の留学産業において重要なポジションに位置づけられています。世界の留学生総数は現在約530万人とされていますが、中国人の留学生は約160万人と最大の留学生グループになっています。

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送り出す国別に見た2019年度の留学生数(UNESCOhttp://data.uis.unesco.org/Index.aspx?queryid=172)、独立行政法人日本学生支援機構、中国外交部などの各種公式数字から著者作成)

 中国人留学生が存在感を増すとともに、世界各国の教育機関も中国からの留学生の誘致に注力するようになりました。これは中国からの優秀な学生を歓迎するという意味もあるでしょうが、経済的な狙いもあります。

 留学生が一人増えるということは、学費はもちろんのこと、学生個人のさまざまな消費活動、学生数に応じた政府から大学への補助金など、広い範囲での経済効果が発生します。

 2018年のアメリカ商務部の報告によると、アメリカ国内で学ぶ留学生による学費や生活費を含めた経済効果が、約447USドルに及びました。中国人留学生数を基に計算した場合、経済効果は全体の3分の1である138USドルを超えると推定されます(https://www.trade.gov/education-service-exportsより金額を算出)。

 留学という社会的な意義を、経済効果のみで判断するわけにはいきませんが、アメリカ国内にとっても、中国人留学生は重要な存在であるといえるでしょう。

留学先の人気はアメリカからイギリスへ

 これまで中国人留学生は、アメリカの大学の国際的な評価の高さや中国国内での英語教育の重要性、さらに将来的な永住権の習得を考慮したうえで、アメリカを一番の留学目標と考えていました。中国外交部が発表した数字によると、20207月の段階でアメリカに41万人、カナダに23万人、イギリスに22万人の中国人学生が留学している状況です。

 ところが昨今の国際情勢の変化を踏まえて状況が大きく変わりつつあります。新型コロナウイルスの感染がアメリカ現地で継続しているという安全上の問題に加えて、7月以降にアメリカ国内における留学生のビザの発行停止が取りざたされるなど不安材料が尽きません。

 アメリカ国内で留学生のビザが取り消され国外退去を迫られるという可能性は、アメリカ国内の各大学による抗議活動もあり、撤回されつつあります(「アメリカ政府、留学生のビザ規制方針を撤回 オンライン授業でも滞在可能に」BBC NEWShttps://www.bbc.com/japanese/53413346)。しかし留学先としてのアメリカは大きく揺らぐことなりました。

 EIC启徳教育集団(Education International Cooperation Group)は、現在の中国人留学生の留学志向について、学生と保護者に対して行った調査の結果を7月に公開しました。同社は中国国内で20年以上留学支援事業や留学コンサルタント業務を行っている企業です。

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学生と保護者に対して調査した中国人留学生の留学希望先(複数回答あり)。EIC启徳教育集団が7月に公開した「新常態における留学とその現状報告」を基に筆者作成

 2019年から留学先としてアメリカの人気が低下しつつありましたが、2020年の調査では、29%に上昇したイギリス(2019年は20%)が希望先のトップになりました。

 では現在、中国国内での留学熱はどのようになっているでしょうか。同じ調査で、留学計画がどのようになっているかも調べています。

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学生と保護者に対して調査した中国人留学生の対応状況。EIC启徳教育集団が7月に公開した「新常態における留学とその現状報告」を基に筆者作成

 上記調査によると、多少の遅れはあるものの、全体の半数以上は留学の準備を現在も進めており、今後も中国からの留学生が世界での多数派を占めるのは間違いないでしょう。

 最大の留学受け入れ国であったアメリカの人気が低下することで、多くの中国人留学生が他国での留学を指向することが、予想されます。各国および各大学の対応が今後の中国人留学生の人数を大きく左右するでしょう。

各国の留学生対応の現状

アメリカ
 移民局(ICE)が714日に入国に関する新政策を告知しました。2020年秋から始まる新学期すべての授業がオンラインとなった留学生を国外退去させる、という方針です(後に撤回)。724日には、新学期においてオンライン授業のみを受講している留学生は、アメリカ入国を制限するという方針が発表されました(CBS NEWShttps://www.cbsnews.com/news/ice-bans-new-international-students-enrolled-in-online-only-classes-from-entering-us-2020-07-24/)。

 加えて中国国内のアメリカ領事館が閉鎖されたこともあり、アメリカ留学ビザ申請業務についても影響がみられます。

イギリス
 910日、イギリス国内では通常通りの新学期を開始しました。イギリス国内に滞在する留学生、留学を予定している学生に対するビザの発給および支援政策は通年通り継続されています。

 また卒業後の留学生に対してイギリス国内への滞在と就労を許可する制度(Post-study Work Visa)の延長を表明しており、優秀な留学生の定住支援や人材活用に積極的な姿勢を見せています。中国国内にあるイギリス領事館も、通常通りのビザ申請業務を再開しています(THE PIE NEWShttps://thepienews.com/news/uk-confirms-post-study-work-stands-if-onshore-by-april-21/)。

オーストラリア
 現在も入国にあたっての各種制限が設けられていますが、留学生の受け入れに関しては支援政策を発表しています。留学ビザの申請と各種審査は継続されており、入国制限が緩和された際には、学生の即時入国が可能とされています。

 加えてオーストラリアにいない学生や戻れない学生に向けて、ビザの申請費用の無料化や、卒業後に発行されるビジネスビザの発行が簡易化されるなどの政策が、政府から示されています(https://covid19.homeaffairs.gov.au/student-visa)。

カナダ
 緊急の必要性がある留学生やオンラインでの講義が不可能な学生だけが、現在入国を認められており、多くの留学生はカナダへまだ入国が難しい状況です(https://www.canada.ca/en/immigration-refugees-citizenship/services/coronavirus-covid19/students.html)。

 各国とも、中国人留学生に向けて特定の政策は打ち出していません。しかしアメリカが留学生の受け入れに難色を占めつつある中、これまでアメリカ留学を目指してきた学生の多くは、環境が似ている英語圏を目指す傾向にあります。

日本留学の価値をいかに伝えるか

 日本においても、毎年10万人前後の中国人留学生を受け入れています。全留学生に占める割合は徐々に低下しつつありますが、中国人留学生の総数は昨年までずっと増えていました。

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 日本における中国人留学生人数の推移(日本学生支援機構の調査を基に筆者作成、                                       https://www.jasso.go.jp/about/statistics/intl_student_e/index.html

 中国を取り巻く留学事情が変化する中で、今後日本でどのように中国人留学生を引き付けるかは、今後の日本国内の留学事情に関わる課題といえます。

 日本国内の外国人留学人材の調査や企業への受け入れコンサルティングなどを行う、日本国際化推進協会の田村一也事務局長(株式会社With World代表取締役)に、日本国内の留学生事情についてうかがいました。

「日本国内でも海外渡航制限は徐々に緩和されつつあり、春休みに母国に一時帰国した後、日本へ再入国できなくなっていた海外留学生が、日本へ戻ってこられるようになることが予想されます。日本国内で最も人数の多い中国人留学生も徐々に日本へ戻ってくるでしょう」

「直近で海外でのプロモーション活動や募集が止まっているため、留学生の一時的な減少は避けられませんが、その後は全体として大きく減少することはないでしょう。日本へ学びに来る留学生は、体験の機会を求める傾向が増しており、日本文化や日本の歴史を直接知り、体験することが留学動機になるといえます。このような日本文化というコンテンツの魅力がある中で、今後の留学希望者が大きく減ることはないと考えられます」

「その一方で日本の大学は課題に直面することも予想されます。現在大学は授業のオンライン化を図り、日本に入国できない学生に対して授業の継続やフォローをしています。しかし授業のオンライン化だけでは、今後のリクルーティングは困難になる可能性があるように感じます。授業のオンライン化は、世界中の教育機関で起こっているトレンドです。学生たちにとって学習するための物理的な距離がなくなる一方、オンラインという空間の中で日本の大学と海外の大学が競争する状態になります」

「日本の大学のオンライン授業が、海外大学のオンライン授業以上の魅力を学生に伝えられるかどうかがポイントになります。今や日本留学を希望する学生にとって重要なことは、日本で暮らし、文化や就業などを体験することです。授業のオンライン化とは別軸の話です。現在日本で学んでいる留学生にとっても、学外の文化交流などの機会が少なくなっている現状では、満足度が低下するかもしれません」

 日本文化が中国人留学生を引き付ける重要な要素である以上、授業以外の体験機会の要素のアピールなどが必要となるでしょう。

学びの多様化が日本留学の価値を向上させる

 留学生を受け入れる立場として、城西国際大学大学院の国際アドミニストレーション研究科科長である鈴木崇弘特任教授のお話をうかがいました。同大学および大学院は国際化を推進しており、インバウンド産業の育成を目指した外国人材に関する研究で近年注目を集めています。

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                                 城西国際大学大学院の鈴木崇弘特任教授

「留学生の増加は国籍や学歴を問わず、日本で広くみられている現象ですし、人口減少の中、外国人留学生なしでは経営が厳しい大学も生まれてきています。特に中国人留学生が増えています。日本の大学や大学院に留学する中国人学生にとっては、中国との距離的な近さや、文化的な親和性、言語的習得上の容易さ、日本での学費や生活費が相対的に低負担であることなどが、大きな魅力となっていました」

「その一方で、社会人で学びを深めようとしている方や、現在仕事をしている方にとっては留学という選択は非常に限られている状況でした。学ぶ時間ももちろん、海外という空間的な制約があったからです。これは留学生にとってだけではなく、日本人にも言えることだと思います。今回の教育全体でオンライン化が進むことによって、学びを深めたい、専門的な知識を深めたいという人材にとっては、母国に居ながらにして学びを深められる機会を創出できると考えられます」

「オンライン化によって、確かに実際の文化体験は難しくなります。オンライン化への道のりは課題が山積みです。他方で、オンラインだから個々の学生の状況や学習の理解の把握が可能などの多くのプラスの面もあります。ですので、現状を憂えるだけではなく、現状を把握し、環境への適応や問題・課題の解決や改善をしていくことが必要です」

「オンライン化が社会および全世界全体で進行していく中で、この危機(クライシス)を好機(チャンス)に変えていく試みが大切だといえるでしょう。たとえば城西国際大学は、海外の提携校などと「2+2」という制度を構築していて、海外の母校で2年間学び、その後城西国際大学の学部で2年、大学院で2年学べば、2つの学士と1つの修士号を取得できる制度を設けています。個人的な意見ですが、今後さらに同制度をバージョンアップしていけば、より多くの留学生にもメリットが生まれて、日本で学びたいという意欲を高める機会を生み出せるのではないかと考えています」

「外国人、特に中国人は、政治的理由でアメリカに留学しづらくなってきています。また治安的な不安も高まっています。また中国人にとって欧州などは、本国から遠いことや外国人に対する対応が厳しくなっていることなどから、敷居が高くなっています。中国の近場であり、比較的治安が良い日本は、留学先として今後意外と注目を集めていくのではないでしょうか」