バンコク伊勢丹が撤退、商業車市場には中国製が猛攻


JBpress
(姫田 小夏:ジャーナリスト)

2020.9.15

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          バンコク市内を走る日野自動車製の路線バス

 日本のメーカーが海外進出を図る際、有力候補地の筆頭に挙がるのがタイである。トヨタに代表されるように、タイに最初の海外拠点を設立した企業は少なくない。日系サプライヤーの進出が始まったのは1970年代。以来、日本の自動車メーカーが現地生産体制を強化していくなかで、タイはASEAN(東南アジア諸国連合)最大の自動車生産国に発展した。

 親日国ということもあり、タイには自動車産業のみならず多くの日系企業が進出した。外務省の統計によると、2018年の在留邦人数は75647人に達し、米国、中国、オーストラリアに次ぐ第4位となっている。1997年の23292人と比較すれば、20余年で3倍以上に増加したことになる。近年は、「チャイナプラスワン」としてタイ進出ブームが起こり、2012年には55634人と前年比で11%も増えた。

 文部科学省によれば、20204月時点で世界に日本人学校は95校あると言うが、バンコク日本人学校は最も歴史が古く、最大の規模を誇る。2000年代には中国の上海日本人学校と生徒数を競ったこともあったが、いまなお世界最大の日本人学校であり続けている。

バンコク伊勢丹がついに閉店

 だが、ここに来て日系企業のタイビジネスが転換期に差し掛かっている。

 1992年、バンコク伊勢丹が鳴り物入りで開店した。日系百貨店の開店は、現地の日本人駐在員とその家族に大いに歓迎された。

 しかし近年は、営業の継続が難しくなっていた。昨年(2019年)の夏、筆者が訪れたバンコク伊勢丹は、賑やかな大通りに面していながらも、ほとんどの人が店の前を素通りしていた。また、タイに居住する日本人が増加しているにもかかわらず、日本人客はほとんど見られなかった。

 タイ資本の最新の商業施設が次々に建てられる中で、旧態依然とした日本式の百貨店は苦しい戦いを強いられていた。テナント契約の満了を理由に、バンコク伊勢丹は今年8月末、ついに閉店した。

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           8月末で閉店したバンコク伊勢丹

 筆者がバンコクを訪れた際、大通りに目を向けると、日系自動車メーカーが製造した路線バスが数多く走っていた。目を奪われたのは、その老朽化した車体だ。造られてから何十年前も経っているかのような古びた車体のバスが、時折黒い煙を上げながら走り回っていた。

 それは、日本の技術力と整備体制がもたらした奇跡と言っていいかもしれない。日野自動車について言えば、1977年にバンコク大量輸送公団(BMTA)に路線バスが採用されて以来、25年間にわたって納入が続いていた。

 しかし、近年は日本製の古いバスに代わって、中国メーカーの新エネルギー車がシェアを高めている。エアコンが効いた最新型の路線バスは、若い人たちに人気だ。中国は電気、ハイブリッド、天然ガス、燃料電池、トロリーなど多種多様なバスの輸出に力を入れており、最近ではタイの清掃車市場も狙っている。

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          バンコク市内を走る真新しい中国製の新エネルギー車

 ものつくり大学名誉教授の田中正知氏によれば、日本製バスが国際市場で中国勢に押されているのは根本的な要因があるという。「日本は石油ショック時に乗用車を外貨の稼ぎ頭として厳しく鍛え、育てましたが、その一方、バスやトラックなどは産業を支える基盤だとして国策で保護しました。その結果、国際競争力を失うことになってしまったのです」。

拍車がかかる中国勢のタイへの投資

 中国は近年、タイへの投資を活発化させている。中国の2019年のタイへの直接投資金額(認可ベース)は738億バーツ(約2510億円)で、1位の日本の881億バーツ(約3000億円)に迫る勢いである。

 日本貿易振興機構(JETRO)によれば、認可ベースの大型案件では、商用車のタイヤ製造、金属製品・金属部品の製造、電気・電子製品の製造などへの投資があるという。申請ベースで見ると、中国は2600億バーツと、全体の5062億バーツ(約1.7兆円)の半数以上を占めて首位に立った。

中国は「一帯一路」構想と、タイの経済開発計画である「タイランド4.0」や「東部経済回廊」とを一体化させようと、タイへの投資に拍車をかけている。特に力を入れているのが、新エネルギー車市場だ。タイを製造拠点として、東南アジア、オーストラリアなどへ輸出することも構想している。中国勢は「タイの自動車市場は日系企業の牙城とはいえ、日系の優位性はガソリン車でしかない。東南アジアの新エネルギー車市場については真空地帯だ」(中国鉄鋼新聞)という認識が強い。

“玉突き”で弾き出される日系企業

 中国系企業のタイ進出の勢いは用地取得にも現れている。工場用地など事業用不動産を取り扱うGDM THAILAND社(本社:バンコク、社長:高尾博紀)には、中国の自動車関連企業からの問い合わせが急増しているという。

 高尾社長は、「中国企業の安価な製品に大手メーカーが発注をシフトさせてしまったため、安定的な受注を失ってしまう日系サプライヤーが出てきています」と、日系企業がタイから弾き出される“玉突き現象”が起きていることを明かす。

 同氏によれば、チャイナプラスワンのブームに乗り、勝てる要素がないままタイに進出した日系企業や、赤字を続けながらもなかなか損切ができない日系企業も散見されるそうだ。この先待ち受けるのは、日系企業のタイ撤退の続出――ということになるのだろうか。

 10年以上にわたってタイ市場の変遷を見てきた高尾氏はこう語る。「一部の企業はタイからの撤退を考えています。強い中堅企業もありますが、優勝劣敗の差は激しくなっています」。

 タイでは反王室を唱える若者が政治活動を活発化させている。そうした若者たちの間では、ファーウェイのスマホなど中国製品がすっかり身近な存在になっている。「日系企業の牙城」とも言われてきたタイで、いま静かに地殻変動が起きている。