日本経済新聞(スポーツライター 丹羽政善)

2020/9/14

大リーグには「メンドーサライン」という言葉がある。その語源はおよそ40年前まで遡る。

1979年、それまでパイレーツで内野の守備固めなどで起用される程度の選手だったマリオ・メンドーサは、その2年前に誕生したばかりのマリナーズにトレードされると、選手層の薄さもあって、ショートのレギュラーに抜擢(ばってき)された。

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ここまで大谷は打率189厘にとどまっている=ゲッティ共同

 
守備に関しては評判通り。その年、遊撃手としてア・リーグのゴールドグラブを受賞したリック・バールソン(レッドソックス)以上だった、との証言も残る。ただ、打撃に関しては――、これも想定内といえば想定内だったのだが、198厘に終わり、その時点では148試合以上に出場し、打率が2割に満たなかった4人目の選手となった。

148試合以上に出場し、打率が2割に満たなかった選手(1979年当時)
モンテ・クロス(1904.189
トム・トレッシュ(1968.195
ジム・サンドバーグ(1975.199

■始まりは仲間内のジョーク

メンドーサ本人の回想によると、当時のチームメートだったトム・パチョレック(大洋、阪神でプレーしたジム・パチョレックの兄)とブルース・ボクテが、シーズン中からその低打率をからかい始めた。その時点では身内のジョークにすぎなかったものの、翌年春、わずかな期間ながら打率が2割台前半に低迷したジョージ・ブレット(ロイヤルズ)にパチョレックらが、「気をつけないと、メンドーサラインを下回るぞ」と伝えたそう。

ブレットがその後、「(規定打席に達している全選手の打率が掲載される)日曜日の新聞で楽しみなのは、誰がメンドーサラインを下回っているか確認すること」と記者らに話し、それを聞いたクリス・バーマンという米スポーツ有線局「ESPN」のアンカーが人気番組「スポーツセンター」で口にするようになると、打率2割前後の"隠語"として、広く認知されるようになった。

さて今年、なぜかそのメンドーサラインに、多くのオールスタークラスの選手がひしめく。

昨季49本塁打、打率.271だったエウヘニオ・スアレス(レッズ)の打率は.2042年前のMVP(最優秀選手)投票でナ・リーグ2位となり、過去2年連続オールスターに選出されたハビエル・バエズ(カブス)の打率は.196。過去2年、ナ・リーグの首位打者で、2年前ナ・リーグMVPに選ばれ、昨季はナ・リーグの同投票で2位だったクリスチャン・イエリチ(ブルワーズ)も.208に低迷する。

さらに、2017年のア・リーグMVP14年から4年連続で年間200安打をマークしたホセ・アルトゥーベ(アストロズ)の打率も.224だ。ともに規定打席には達していないが、秋山翔吾(レッズ)の打率は.228、筒香嘉智(レイズ)の打率も.200とメンドーサラインにいる。

もちろん、通常のシーズンで、実力のある選手であればそろそろ調子を上げる時期なのかもしれないが、短縮シーズンの今季はすでに残り2週間を切った。「ようやくいい感じになってきた。よし!ここから」――、というタイミングで終わりが迫る。マラソンならスタートの遅れを挽回するのは難しくないが、短距離走ではそれが、致命的だ。

■大谷も打率2割満たず苦しむ

エンゼルスの大谷翔平もそんな一人か。11日の試合を終え、打率は.189まで下がった。

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94日のアストロズ戦で大谷はメジャー初のサヨナラ打を放った=共同


それでも本人によれば、試行錯誤の中でようやく答えを見いだそうとしている。不振の要因と復調の兆しについて、これまで何度かデータを示しながら検証を試みてきたが、メジャー初のサヨナラヒットを放った4日、大谷は「ヒットが出たっていうよりは、見え方というか打席での感じが、前の打席もそうでしたけど、良かった」と話し、続けた。

「立ち方がすごい――、ピッチャーがよりクリアに見えてましたし、距離感の詰め方だったりというのも良かった」

たまたまではない。根拠のあるヒットだったのだ。

大谷は同じような話を今年のキャンプでもしたことがある。

オープン戦が中盤に差し掛かった36日、「今日は見え方が良かった」と手応えを口にした。「構えている段階のピッチャーの見え方が良かった」。構えが決まると、タイミング、ボールとの距離感という大谷の打撃の根幹をなす要素が安定する。大谷は、こうも強調したのだった。

「だいたい、構えで決まる」

ところがその6日後、新型コロナウィルスの感染拡大によってキャンプが中断されると、つかみかけた感覚を熟成し、確かなものとする時間を失った。

7月に入ってキャンプが再開されると、その感覚を再び取り戻す作業を迫られ、かといってそれは紅白戦などの打席をいくら重ねても得られるものではなく、実戦での打席数が必要。ところが、今年の場合、オープン戦はわずか3試合。大谷が立ったのは5打席。通常なら開幕前に済ませる作業ができず、開幕後に公式戦を通してそれをするしかなかった。

■「構え」はしっくりしてきたが

だが、公式戦である以上、オープン戦のように設定したテーマをクリアできればいいわけではなく、結果も求められる。それはオープン戦やマイナーでのリハビリ登板を飛ばし、紅白戦からいきなり公式戦に臨みケガを招いた投手としての調整の難しさにも通じるが、"構え"ということに関していえば、9月に入ってようやくそれがしっくりし始め、大谷も「そうですね」と認めた。

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サヨナラヒットの翌日以降も5試合で16打数3安打となかなか結果がともなわない=ゲッティ共同

 
「技術面で言うなら。そういうところというか、立ち方、まずは構え、そこから始まると思うので」

かといって、それですべてが解決するわけではないところがもどかしい。サヨナラヒットを放った翌日以降、5試合で16打数3安打、1打点、1四球。長打はゼロ。なかなか結果を伴わない。

もっとも、大谷は次の言葉に何かを含んだ。

「みんな簡単かなって見えるかと思うんですけど、同じように毎回毎回立っていくっていうのも、すごい難しい。そこは何回やっても難しい」

いずれにしても、これだ! と、ぶれないものをつかんだそのとき、二刀流選手としての復帰を期した大谷の2020年はあっけなく幕切れを迎えてしまうのかもしれない。

(記録は911日現在)