DIAMOND online(佐川友彦 ファームサイド株式会社代表取締役。阿部梨園マネージャー)

2020/9/2
 

農業の現場は課題が山積み。それでも日本の農業は、まだ「万策尽きた」わけではない。ただ、「農家を経営する」という考え方と、そのノウハウが共有されていない。
「自分の農園の何が問題なのかわからない」
「誰に聞いていいかわからない」
「変わりたいけど、どうしたらいいかわからない」
そんな悩みを抱える農業生産者の方々のために、今日からできて、すぐ効果が出る、小さな100の課題解決ドリル、『東大卒、農家の右腕になる。小さな経営改善ノウハウ100が発売されます。やれることから1つずつ取り組むことで、農家の経営を確実に前に進める、はじめての「農家の経営ノウハウ集」です。
本記事では、本書の「はじめに」を全文公開します。(構成:編集部/今野良介)

農家の現場は、改善点の山だった。

201491日。私の阿部梨園でのインターン初日がはじまりました。1年の収穫量のうち約半数が一気にとれる幸水の収穫期間は最もハードで、収穫も出荷も接客もピーク、まさに繁忙期です。短期スタッフの出入りが多いタイミングなので、梨園の人も、きっと「また新人が来た」としか思わなかったのでしょう。これといった歓迎もありませんでした。

レインコートを着て朝から収穫をしていたみんなは疲れた様子で、男性スタッフは休憩室で煙草をスパスパ。話しかけづらい雰囲気が印象に残る、薄暗い雨の日でした。収穫・出荷・接客・電話応対・注文管理などが入り乱れ、まさにカオス。それでも、寝食を削って山場を乗り切ろうとしている最中とのことでした。事務所は雑然としていて、趣味の雑誌やら伝票の束やら物品やらが乱雑に積み上げられています。すべてが改善点の山に見えました。

代表の阿部は、このような状況を、後にこう表現しています。

「バスケットボールで言えば、オフェンスをしているか、ディフェンスをしているかすら、わからない状態」

「家業から事業へ」というスローガンを掲げ、気鋭の梨園の経営変革プロジェクトと聞かされて申し込んだはずの私は、少々面喰らっていました。インターンを募集するくらいなのだから、整った余裕のある農園で、色々用意してくれているだろうと想像していたからです。

それは私の勝手な思い込みでした。この変革以前の状況で、何ができるというのでしょう。インターンがなにかもよくわかっていなさそうな農園で、実りの少ない数ヵ月を過ごすことになってしまったら、何が残るのだろう。不安に思って阿部の顔を覗いてみると、緊張している様子にも見えました。

そんな折、休憩に出された試食の梨をつまんだときに、視野が明るくなりました。

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「え、おいしい」

梨ってこんなにおいしかったんだっけ。大きくて、甘くて、みずみずしい。農家で直接とれたての梨を食べたのは初めてでした。私のその声を聞いて、阿部の話は止まらなくなりました。

なぜ大きい梨作りにこだわっているのか。
どれほど管理作業に工夫を施し、手間をかけてきたか。
わざわざ梨園に足を運んでくださるお客様に満足してもらえるよう、
どれだけの責任感を持って、妥協せず梨作りに打ち込んできたか。
先代から受け継いだ梨作りの良さを「守り」ながら、
自分の代でも新しいチャレンジを重ねて農園を「変えて」きたか。

曲がったことの多いこの世の中で、こちらが嬉しくなるほど、清々しく感じられました。そういえば、車で乗りつけて梨を買っていくお客様が、なかなか途切れません。しかも、贈答用で5箱も10箱も注文して帰っていきます。

それだけの価値があることを、お客様はわかっているんだ。だから、森に囲まれて目立たないこの農園に、ひっきりなしにお客様が来るんだ。大学の農学部で「大局」しか学ばなかった私にとって、すべてが新鮮で、手触り感がありました。こんなに熱意ある園主が、こんなにおいしい梨を作っていて、こんなにお客様に愛されている。それとは対照的に、無秩序な現場。このギャップはなんなんだろう。

「そうか。課題の山は、可能性の山なんだ」

そう気づきました。まだやっていないことがあるなら、やれば良くなるだけだ。課題が多ければ多いほど、成長の伸びしろがあるんだ。これはポテンシャルと言っていいのではないか。そう考えると、事務所も作業場も軒先直売所も、すべて宝の山に見えてきました。改善点も、ざらに100ヵ所は挙げられそうです。

そして、平均的な農家であれば、きっと、大なり小なり同じ状況だろう。梨園の課題は業界共通の課題かもしれない。ならば梨園が良くなれば、業界にも好影響を与えられるかもしれない。大学の教室からは見えなかった景色が広がって見えました。イノベーションや制度改革などという前に、膨大で明らかな「やり残し」が、現場にはある。

阿部さんと一緒に小さな経営改善をしよう。
果たして、この農園はどこまで変われるのだろう。
次に梨園に行くまでに、提案内容をまとめよう。

雲行きのあやしかったインターンが俄然、楽しみになって、私は机に向かいました。闘病と自分探しで何年もストライキしていた自分の心と頭が、再び回り始めた瞬間でした。まさかその後に、エンドレスな改善マラソンを続けることになるとも、「農家の右腕」と呼ばれて全国の愉快な生産者さんたちと一緒に課題解決を進めることになるとも、思いもしないで。

はじめまして。「東大卒、畑に出ない農家の右腕」の佐川友彦です。

この度、私が上梓する『東大卒、農家の右腕になる。小さな経営改善ノウハウ100という本は、私が阿部梨園という個人経営の梨農園で経験した、ユニークであろう知見をまとめたものです。あまり先行事例のない非常識な無茶だからこそ、業界や同業の農業者さんにとってお役に立てるものがあるのではないかと筆をとりました。

成り行きにまかせて「農家の右腕」を受任した結果、想像もしなかったような無数の新しい発見がありました。とにかく、「思い切って農業の現場に飛び込んでみたら、課題という名の巨大なポテンシャルがあり、同じ船に乗って荒波を乗り越えるうちに、課題が解決して希望が見えた」ということに尽きます。

昨今の日本の農業は、明るい話題が多くありません。高齢化が進み、担い手が減り、耕作放棄地は増え、食料自給率は地を這っています。しかし、現場に立って見渡せば、まだ改善できる余地が膨大にあり、自信をもって「万策は尽きていない」と言えます。

この「現場に立って見渡せば」が肝心です。本当に現場に降り立って、すべてを知り、心の底から気持ちを理解し、自分の人生すら預けることで見えてくる風景を体験した人は、どうやらそう多くないからです。不確実性の海に自分の人生を賭けてしまえば、うわべだけの一般論も、突き放すような批評も、他人事のような楽観も、すべて一瞬で視界から消え去ります。そんなものは生き残るためには不要で、何かをつかもうと必死に足掻くのみだからです。

この必死さが、人生も境遇も変えます。

本書ではまず、阿部梨園と私の経験をとおして、必死になる希望と勇気をもっていただきたいです。次に、それが徒労に終わらないために、正しく効果的な必死さとは何かをお伝えします。そして、本人だけでなく、行政やすべての事業者など、業界全体として必死になる必要性も訴えたつもりです。

全員に火がついて何も起こらないほど、農業は絶望的な状況ではないと思っています。しかし、火が大きくならないままで将来が安泰なほどの余裕も、ないはずです。

また、阿部梨園から起こった小さな革命は、他業界他業種でも応用していただけるものがあると思っています。レガシー産業の旧態依然な硬直性、小規模事業だからこその未熟な経営体質、本当に必要な情報の過疎。それらは、どんな業界でも大なり小なり抱えている課題のはずです。

私たちの拙い事例が、産業の壁を超えて、一人でも多くの方のお役に立てれば幸いです。

「畑に出ない農家の右腕って、何をする人?」
「個人農家の経営改善って、どうすること?」
「農家の経営改善事例を公開するクラウドファンディングって、何?」

この長い記事をそっと閉じられてしまう前に、簡単に本書の内容をダイジェストします。

畑に出ない「農家の右腕」とは?

私は「農家の右腕」として、栃木県宇都宮の阿部梨園で経営改善を提案し、推進してきました。外から経営分析や戦略立案をするような「コンサルタント」ではありません。従業員として毎日現場に常駐し、チームの輪の中に入り、自ら実行主体として頭だけでなく手を動かし続ける、そんな働き方です。自分の生活もキャリアも農園にすべて賭け、同じ船に乗って一蓮托生の挑戦を続けてきました。

結果として、現場目線で農家の気持ちや悩みに深くシンクロできるようになり、最終的にはその気持ちが自分に憑依するようにして、理解と協力を求めて切実な声を張り上げるまでになりました。

畑に出て梨は作らなくとも、バックオフィスや経営管理、販売促進から接客まで、現場班と同じ責任感で張り合ってきました。ときには補佐役、ときには先導役を務め、アメもムチも、理論も感情も駆使しながら難局を乗り越えてきたつもりです。そんな農家の右腕という働き方から、参謀役の勘所とエッセンスを紹介します。

個人農家の経営改善とは?

現場目線で見渡すと、課題の山が、圧倒的な解像度で目の前に迫ってきます。忙しさに追われて未着手だった、やるべきことが山積しています。私たちはその未開の山を伸びしろ、ポテンシャルの塊としてとらえ、課題を処理しつつ、利益と事業の持続性を追求してきました。

派手な設備投資やブランド・リニューアルなどではありません。むしろ、既にある良いものを大切にし

て、今日の業務をちょっとでも良くできる工夫はないか、農園に必要な小さくチャレンジできる新しいアイデアはないか、そんな事を考えて実践し続けた部分最適の積み上げです。

これは農業に限らず、大半の産業が抱えている難題です。技術や文化を守り存続させる意識は大切ですが、そのためには、経営や商売など、時代に即してスタイルを変えていかなければいけない部分も多々あります。まさに阿部梨園のスローガンにもある、「守りながら、変えていく」姿勢が必要です。

色々足りない超零細の個人経営農家でもこれだけ変われたなら、他の産業では、私たち以上に状況が好転する可能性があるはずです。そう考えれば、阿部梨園の事例は他産業にとっても、何らかの希望になり得るかもしれません。実際に、私たちの事例をタネにアクションを起こしている方々が、農業界外にも現れつつあります。

経営改善事例を公開するクラウドファンディングとは?

経営改善に着手した当時、参考になる情報がなく暗中模索、悪戦苦闘した経験から、私たちの経営改善実例をインターネット上の「阿部梨園の知恵袋 | 農家の小さい改善実例300というサイトで無料公開しています。これはクラウドファンディングをとおして、330人から約450万円もの支援金を制作費として預かって実現されました。

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クラウドファンディングを通して、仲間と話題を業界から一挙に集める方法、特に「初期費用を支援金でまかないつつ、業界の暗黙知をオープン化する新しいギミック」は、予想以上に大きな成果を生み、小さな社会運動のようになりました。プロジェクト終了後も、理解者や賛同者が増え続け、活動の輪が広がっています。

転じて、現場からゲリラ活動的に社会に問題提起するアプローチと、レガシー産業でのノウハウオープン化の強力な可能性についても、読み取っていただけるのではないかと思います。

「成功する農業経営」の共通項とは?

農業経営について論じられるとき、それぞれのイメージする「理想の農家像」が食い違っているために、議論が深まりにくいように感じられます。生産者当人だけではなく、行政や企業、消費者も含めて、話が散逸してしまっているように思います。それぞれに好き勝手を言っていて、同じ言葉を使っていたとしても、指すものが違っていたりもします。これでは、迷子や脱落者が出るのは無理もありません。

今後存続できる農業経営体の共通項、共通のベストプラクティスを最大公約数的にまとめれば、最低限の必要条件がはっきりします。それは農業特有の条件というわけでもなく、一般的な「仕事ができる人」「経営者」に求められる資質です。

今回の本では、僭越ながらそのような目的で、私が阿部梨園に関わる中で見つけた、農業経営のあるべき姿をまとめました。これらをおさえておくだけでも、時代の変化に適応しながら事業を存続していけるのではないかと考えています。

脱線してから新しく得た「個人のキャリア」の話

私は東京大学を卒業し、大企業に勤めながら、うつ病からの休職、退職、無職を経験し、3年ほど社会から遠ざかった期間があります。まともな人間活動や社会復帰さえ見えませんでした。自分を見失い、自分探しもこじらせました。

しかし現在は、紆余曲折を経てたどり着いた梨園を手伝うことになり、健康を整え、社会復帰を果たし、やりがいある仕事を好きな仲間と続け、自分の能力を存分に発揮し、人に求められ感謝され、社会的に意義のあるプロジェクトに昇華させながら、家族と田舎でのんびり暮らしています。もちろん苦労もありますが、結果的に、一度失ったものを以前の何倍も大きいかたちで取り戻すことになりました。

このような経験を通して、当時の私のように、社会貢献の意思がありながら社会にフィットできず、将来を見失ってしまっている方のための励ましにもなることを願っています。行き当たりばったりですが、この程度の努力でもこれほど面白いことが起こるんだと、元気を出してもらえればと思います。

農家と、その右腕の間で起きた「人間関係」のドラマ

弊園代表の阿部と私は、知り合って以来5年間ずっと、目を逸らすことなく真正面から理想の梨園を目指して邁進してきました。お互いへの敬意を欠かすことなく、破綻させないよう擦り合わせに最大限の注意を払いながら取り組みを続けてきたつもりですが、元々全く違うタイプの人間です。梨園の個性的なメンバーも含めて、数々のドラマがありました。日々押し寄せる悲喜こもごものイベントを、共に喜び、共に泣きながら乗り越えてきました。

阿部梨園に経営改善がもたらされたのは、不器用でも不十分でも、「人対人」の関係に逃げずに向き合ってきたからだと思っています。人間関係に難しさを感じていたり、他人への踏み込み方をいまいち掴めず困っている方の、お役に立てるのではないかと思います。

本書の行間には、阿部側の苦労や気遣いが込められています。そこからも、農家の右腕という私の存在を「受け入れる側」の事情や思いを、読み取ってもらえるはずです。

経営改善の事例集、ノウハウ集

先述のクラウドファンディングによって生まれたウェブサイト「阿部梨園の知恵袋」から、100件を抜粋して本書にまとめました。ランダムに羅列していますが、私たちの実施したことをできるだけ網羅的に復元しました。順番に読んでいただいても、目に留まったものから読んでいただいても結構です。

直接的にお役に立てるものがなかったとしても、私たちの通った道を疑似体験しながら、何かしら、経営改善の目線や原理原則について学んでいただけるのではないかと思います。

本書の特徴は、ストーリー部と実務ノウハウ部が両面Aシングルになっている点です。はじめはどちらかだけの本にしようと考えていたのですが、両方を1冊にまとめました。内容もリンクしていますので、相互に参照しつつ、お好きな方から読み進めてください。

 

佐川友彦(さがわ・ともひこ)
1984
年生まれ。ファームサイド株式会社代表取締役。阿部梨園マネージャー。東京大学大学院農学生命科学研究科修士課程修了。デュポン株式会社の研究開発職、創業期のメルカリのインターンなどを経て、20149月より栃木県の阿部梨園に参画。
生産に携わらず、農家が苦手とする経営管理、企画、経理会計、人事労務など経営全般を統括し、ブランディングやデザイン、販売、広報など営業面も担当する。組織開発や生産性を大幅に進歩させ、小規模ながらブランドを確立し阿部梨園の直売率を100%に引き上げる。阿部梨園で積み重ねた小さな経営改善、業務改善は3年で500件を数え、2017年に改善実例300件を公開する農業界では前代未聞のクラウドファンディングを実施。300人以上から440万円(達成率440%)の支援を集めて目標超過達成。「阿部梨園の知恵袋|農家の小さい改善実例300」として無料公開されている。実践的かつ詳細な内容が、多くの農業関係者から支持を得る。日本経済新聞、NHK、日本農業新聞などメディア掲載・出演実績多数。農業経営の専門家として年間数十件の講演、セミナー活動を行う。「農業ビジネス ベジ」、「地上」などで連載記事執筆。2020年、農業経営のコンサルティングなどを行うファームサイド株式会社を立ち上げ、代表に就任。20206月「第3回とちぎ次世代の力大賞」大賞受賞。本書が初の著書になる。