日本国民よ、同じ轍を踏むな

現代ビジネス(笹野大輔 ジャーナリスト)

2020.6.14

申請すら必要なく…

アメリカでも日本の「10万円」給付金のような新型コロナによる給付があった。だが、アメリカでは誰もなにも申請すらしていない。自動的に各自の銀行口座に振り込まれていただけだ。327日にアメリカで支援法案が通り、満額で1200ドルの給付金は早い人は2日、遅い人でも2週間程度で振り込まれている。

しかも今回、アメリカ政府は個人の収入により給付金の金額を変えた。満額は1人につき1200ドル(約13万円)だが、収入が多い人は200ドル(約21000円)の人もいる。さらに収入が多い人は給付金ゼロという施策だった。

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セキュリティー・ナンバー(アメリカの社会保障番号)。上段に9桁の数字が入り、下段は署名する。

アメリカ政府による給付金は、アメリカ人が持つ社会保障番号、正式名称ソーシャル・セキュリティー・ナンバー(SSN)によって自動的に支給額が仕分けられ、各個人の銀行口座に振り込まれていた(以下、SSN)。アメリカでのSSNは、日本のマイナンバーにあたる。

アメリカ人は毎年の確定申告時にSSNを登録しており、銀行口座も還付のために紐付けされている。だから今回「給付金に申請はいらない」ことになったのだが、収入による支給額を容易に変えて振り込んでいるということは「アメリカ人は国に収入を把握されている」という証左でもある。

日本では69日の記者会見で高市早苗総務相が「様々な給付を受けるためにも一口座のみをマイナンバーに付番して登録して頂く」と話したが、マスクの下でほくそ笑んでいてもおかしくはない。高市早苗総務相の発言は、まるで「国民にお金を配るために」マイナンバーと銀行口座の紐付けを呼びかけているように聞こえるからだ。

目的は国民の収入の把握にある

だが、現実は違う。表向きには、本人確認、行政の効率化、公正公平な社会保障制度をマイナンバーの目的としているが、実質的には国民に番号を与え、その番号と銀行口座を紐付けすることにより、国民の収入の把握にあるのだから。

人生において政府からの給付金など、大半の人はほとんどないだろう。これはアメリカでも変わりはなく、今回たまたま新型コロナにより給付があっただけの話だ。

1935年、アメリカでのSSNは、日本の建前と同様に社会保障制度のために始まった。だが、それがいまではアメリカでのSSNの番号は、すっかり個人の収入や信用確認のために主に使われている。アメリカで働くためには必ずSSNを取得しなければならない。

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ttyimages

アメリカにおいて国や行政機関は、SSN9桁の番号を入れれば、どれだけの収入があるのか調べることができ、住宅ローン、自動車ローン、クレジットカード申請、銀行口座開設、保険加入、携帯電話契約……など、お金に関わる契約においては、収入こそ民間業者に漏れないが、SSNに付けられた「クレジットスコア」による点数で信用判断される。

日本のマイナンバーもいずれそうなるだろう。高市早苗総務相は「銀行口座を1つ」と発言したが、もうすでに証券口座はマイナンバーが義務化され、保険金の受け取りにもマイナンバーが義務づけられている。おそらく2021年以降は新規の銀行口座はすべてマイナンバーが義務づけられるだろう。

これだけあからさまであるのに、それでも政府は「国民の収入を把握するため」とは言わない。選挙で票が減るからだろう。あくまでも銀行口座にマイナンバー登録は「給付(金)を受けるために」どうぞだ。一種のトラップと言っていい。

人種による貧困問題

前回、アメリカにおける黒人抗議デモに、「システマチック・レイシズム(システム化された人種差別)」がある、と書いた。そして、今回の黒人抗議デモが国に対して具体的な要求がないことからわかるように、一人の黒人の殺害に対してだけ抗議しているわけではない。その根底には人種による貧困問題が横たわっているのだ。

新型コロナの自粛中においてもエッセンシャルワーカーは、黒人と南米系が多く、ニューヨークの地下鉄で白人を見ることは少なくなった。新型コロナ拡大時にはスーパーのレジ打ちもそうだが、介護士や病院スタッフなども黒人や南米系が多かった。言うなれば、彼らは命がけの安い労働力になるようシステム化されているのだ。

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タイムズスクエアで67日に行われた黒人殺害による抗議デモ

ニューヨークでの日常生活では、人種で差別されることはほとんどないといえる。筆者自身の経験からしても肌の色による差別の経験は一度もない。ニューヨークは外国人が多い街ということもあるが、見た目による差別はこれ以上なくならないだろう。差別主義者は一定数いるが、今後、増えもしないが減りもしないといった感じだ。むしろ映画やドラマ、広告のモデルなどでもアメリカの黒人の人口は12.3%しかいないのに、黒人が出る割合は多いくらいだろう。

差別に繋がっている貧困が残り続けている原因は、アメリカのSSN、日本でいうところのマイナンバーが果たしている役割が大きい。SSNによって貧困層は分別されているからだ。もちろん、逆に貧困層への優遇措置はある。だが、それを判断するのも国民総背番号のようなSSNでもある。善悪両面があることが国民への番号制度ともいえるが、日本でのマイナンバー制度への懸念は「番号が悪用される恐れがある」といった内容ばかりだ。アメリカでSSN(番号)が悪用される場合もあるが「悪用があっても確認しなかった業者が悪い」というケースがほとんどなので、悪用された側の個人負担はない。

通称「プロジェクト」

ニューヨークのマンハッタンには、もはやスラム街はないが、低所得者用アパート(日本でいうマンション)に貧困層が押し込められた形になっている。通称「プロジェクト」と呼ばれている低所得者用のアパートは、収入の審査があり、低所得でないと住むことができない(約56万人が住み、世帯数は約17万世帯)。

また、家賃についても収入の30%だけ支払えばいいことになっているので、平均で4万円程度と安いが、嘘の申請があればSSNで調べられるだろう。建物の外観は簡素なレンガ造りなので、ニューヨークの風景に溶け込んでいるが、長年住む人からすると「プロジェクト」は一目でわかるようになっている。

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Y市内各所にある低所得者用アパートの通称プロジェクト

2015年の調査によると黒人452%、南米系44.7%、白人4.8%、アジア人4.7%が、いわゆるプロジェクトに住んでいる人種別であり、黒人と南米系が約9割を占めていることがわかる。この比率は1980年から黒人は変わらず、南米系が増加傾向にあり、白人は減少傾向にある(1980年、黒人51.1%、南米系31.9%、白人14.9%)。ちなみに1980年のアジア人の割合は計測不可。ほとんどいなかったのだろう。現在においてもプロジェクトに住んでいるアジア人は中国系とその他になる1

行政からの優遇措置があると貧困層は移動する。生活が苦しいからだ。そうすると環境により貧困が連鎖のようにつながり、教育格差も出て貧困は次の世代への負のループになっていく。日本では非正規雇用者の世帯主が4割ともされている(厚生労働省2018年における「雇用者の正規・非正規比率」)。日本はマイナンバーと銀行口座の紐付けが始まるので、税の徴収の厳格化と同時に貧困層の区別化も入口にさしかかったとも言えるだろう。

ニューヨークの場合、低所得者層を1ヶ所に集めたことへの教訓から、1984年以降、ニューヨーク市は新規アパートを建設する際には82の割合で2割を低・中所得者用にするプログラムを作った。この条件を満たす民間業者は、ニューヨーク市の住宅公社から低金利融資を受けられ、税の控除もある。つまり、低所得者を1ヶ所に集めない施策により、貧困が集中することへの緩和を狙ったのだ。ただ、プログラムは新規アパートに限り、そのプログラムの適用を受ける業者でなければいけないので、まだ数は十分とはいえない。

1 ソース:NYCHA 2019 FACT SHEET

税金の支払額が変わる

アメリカでのSSNや、日本で銀行口座の紐付けが始まるマイナンバーは、国民の収入を把握できることだが、別の言い方をすれば、国が税の取りはぐれをなくすためにある。そのため「節税」に汗をかいている日本の中小企業は直撃するだろう。

副業を禁止されている公務員はマイナンバーがあってもなくてもあまり関係がない。副業をしていないサラリーマンも関係ないが、昼は会社員、夜はアルバイトやキャバレーなど夜の店で働いている人は、夜の収入をほとんどの人が確定申告の申請をしていないので、マイナンバーが義務化されれば税金の支払額が変わる。アメリカでは不法移民や労働ビザがない人であっても働く場合に雇用主からSSNの提出を求められる。日本でもアルバイトであっても働き先へのマイナンバー提出が義務化されれば同じことになるだろう。

また、飲食店や美容室の経営者といった、どれくらい収入があるか正確に把握しづらい仕事に関しても、もし売り上げ現金を銀行に入れると、マイナンバーが紐付けされた銀行口座を見ればすぐに収支がわかるようになる。例えば、パン屋さんの経営者がクロワッサンを1日に100個売ったのか、120個なのかは銀行口座を見ればわかるようになる、ということだ。悪く書けば、現在であればクロワッサンが1日に120個売れていたとしても1日に100個しか売れなかったと申告すれば誰もわからない。

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ューヨーク市内で売られているクロワッサン

ちなみにニューヨークではクロワッサンは14ドル(約500円)するところはざらだ。ラーメンでも11500円くらいはする。アメリカのように100円くらいのものでもクレジットカードを使い、銀行口座による収入の把握が容易な社会になると、それくらいの金額でもおかしくはないのだろう。それもあってか、日本のように雑居ビルの上階まで小さなお店がひしめきあって営業しているところはニューヨークにもアメリカのどこの都市にもない。お店は総じて資金力のあるチェーン店が多くなり、チェーン店でなければ価格が高めの店か、現金のみのビジネスをしている。

義務化したその後に起こること

いまのところ日本でそこまで話題になっていないが、本来マイナンバー制度は社会を一変させるくらいの力があると言っても過言ではない。次の選挙で各党の公約で注目すべき点だろう。

日本のマイナンバー制度は2013年に法案が可決された。そして2018年、日本は「世界最先端IT国家創造宣言」から「世界最先端デジタル国家創造宣言」に改称し閣議決定された。そのなかにマイナンバーはある。だが、新型コロナの給付金においてデジタルの活用はほとんどなく、紙の書類を使った対面によるものが大半を占めた。

この現状を「世界最高水準のIT社会の実現」と、北朝鮮の女性アナウンサーが読むのであれば実現しないが、日本ではじわりとマイナンバー義務化が迫っている。10万円のために役所に殺到した日本人たちは、マイナンバーが義務化した社会をどれだけ想像できているのだろうか。

笹野大輔

ジャーナリスト、NOBORDERニューヨーク支局長。1973年大阪府生まれ。タイの新聞社を経て9.11後ニューヨークに移住。映像・執筆以外にも様々なビジネスに携わる。


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