やがて世界は2つの「OS」で動く時代に

JBpress(姫田 小夏: ジャーナリスト)

2019.10.29

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                                                           上海・南京東路にあるファーウェイの販売店

 1014日、中国の金融情報紙『上海證券報』は、中国政府がマカオ証券取引所の設立案に向けた研究を進めていることを報じた。人民元建て決済の証券取引所をマカオに設立するという計画で、中国政府が進める一国二制度のもと、香港やマカオを中国の発展に取り込む「広東・香港・マカオビッグベイエリア構想」に位置付けられている。

 マカオ証券取引所について今のところ具体的な公式発表はないが、広東省地方金融監督管理局は「中国版ナスダックになれば」という希望を伝えている。広東省には45000社のハイテク企業があり、上場企業は1.8%程度にとどまっているという。

 ニューヨーク証券取引所(NYSE)および米ナスダック市場には150以上の中国企業が上場している(20192月時点)。だが9月末に、トランプ政権が米株式市場での中国株の上場廃止を検討しようとしていると伝えられたことから、米国株式市場が下落した。米中貿易戦争が長期化すれば、ホワイトハウスの“くしゃみ”で中国銘柄が暴落する懸念が増す。

 浙江省に拠点を置く新興企業の経営者、汪建民さん(仮名)は「“中国版ナスダック”を進めるのは“自前主義”の強い現れ。香港の機能低下を見越して、中国政府の意向に従うマカオをテコ入れするのではないか」と語る。

ファーウェイとアップルが新機種で激突

 10月上旬に訪れた上海では、スマホの新機種がしのぎを削っていた。中国信息通信研究院によれば、国産メーカーなどを含め、9月は前月の2倍に相当する90の新モデルが登場したという。

 

トランプ政権による締め付けで米国への輸出を禁止されたファーウェイも、926日、上海で新型スマートフォン「Mate30」を発表した。「Mate30」は高性能のカメラが売りだ。ハイエンドの「Mate30 pro」には高性能チップの「Kirin990」が搭載され、5G規格にも対応する。中国で同日1808分から発売を開始したところ注文が殺到し、1分間で5億元を売り上げた。

 アップルも負けてはいない。中国では近年、iPhoneは勢いを失い、ユーザーのアップル離れが進んでいた。だが、911日に発表した「iPhone11」は予想外の好スタートダッシュを見せた。913日の20時から予約販売の受付を始めたところ、ECプラットフォーム「京東」では前年の新モデル(「iPhoneXS」「XS Max」)発売時よりも5倍近い伸びを見せ、「Tモール」でも1分間で1億元を超える注文が入ったという。「iPhone11 Pro」に至っては5分で“品切れ”となった。

 中国市場での好調な売れ行きについて、上場企業の専門調査会社、e公司は「iPhone11は価格を抑え、トリプルレンズ搭載でカメラ性能を高めている」ことが要因と評した。国金証券研究所が作成した「9月の機種ごとの販売台数」のグラフからは、iPhone11100万台を超え、20機種中3位となったことが見て取れる。

 10月上旬の上海は、建国70周年を祝う国慶節と前後して「祖国愛」を強調する“紅い広告”が氾濫していた。スマホについても、トランプ政権に叩かれるファーウェイを支持する機運が広がっているという。

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南京東路のアップルとファーウェイの販売店には最新機種の実機を手に取ろうと多くの人が集まっていた。圧倒的ににぎわっていたのはアップルのほうだ

いずれ中国標準に慣れる?

 米中の対立に翻弄され、対立のはざまで不便を強いられているのはユーザーだ。

 よく知られているように、中国のインターネットではフェイスブックやメッセンジャーなど米国のSNSサービスが使用できない。ファーウェイの「Mate30」も「Gメール」や「グーグルマップ」などグーグルの主要ソフトは使えない。

 上海で暮らす名古屋出身の柴崎美紀さん(仮名)は、2年前、アップルからファーウェイのスマホに乗り換えた。だが、グーグルのソフトがダウンロードできない。「日本に帰省したときに不便なので、次回はiPhoneに買い替えたい」という(ちなみに日本、香港、台湾などでは、グーグルやフェイスブックの機能が使えるファーウェイ製品を購入できる)。

 一方、米国に在住する中国人の鄭宇祥君(仮名)のケースは興味深い。米国で幼少期から教育を受けた鄭君は、今年、中国の大手IT企業でのインターンシップのために中国に帰国した。中国での生活を再スタートさせるに当たって、最も抵抗があったのは「ネット環境の制限」だったという。

 だが、鄭君の考え方は時間の経過とともに変わっていった。

「最初はグーグルやフェイスブックが使えない環境が信じられず、有償のVPNサーバーを使って海外の情報を取りにいっていました。けれどもそれを続けるのがだんだん面倒になり、『微信』(ウィーチャット)で友達とつながることができれば十分だという気持ちに変わっていきました。自分だけではなく周囲の友人たちもフェイスブックは使っていません。『微信が使えるならいいか』と思うようになったんです」

 アメリカ育ちの鄭君だが、現在は「中国標準も悪くない」という心境に達しているようだ。

 上海に十数年にわたって駐在する総経理職の如月剛さん(仮名)は、冗談混じりにこう語る。「パソコンも、いずれ米中の2つのOSが存在することになるかもしれない。そうすると、私たちのように日中を往復する駐在員は二刀流でこれを使いこなさなければならなくなるでしょうね」。

外来語を使わない中国の意地

 筆者は、羽田空港から搭乗した中国行きのフライトで、「初めて中国に行く」という日本人と隣り合わせになった。上海の空港に降り立って初めて飛び込んできたのは「手机銀行」の看板。「『てづくえ』って何ですか」と聞いてくるその人に、筆者は説明した。「机」は「機」の簡体字、「手に持つ機械」だから「手机」はモバイル(携帯電話)となる。つまり、「手机銀行」はモバイルバンキングサービスという意味だ。

 中国では改革開放後、新しい言葉が数多く生まれた。1990年代に普及し始めたパソコンは「電脳」、2000年代に発達したインターネットは「互聯網」と漢字に置き換えられた。「卡拉OK」(カラオケ)や「咖」(カレー)などのように音で意味を表記することもあるが、中国は外来の文化を自国の文化に融合させ「中国版」の言葉を作り出す能力が高い。

 今に始まったことではない「中国版××」は、西側に決してくみしない中国の強いプライドの表れなのだろう。米国ではデジタル通貨「リブラ」に議会が懸念を示すが、中国は同様の構想の立ち上げを急ピッチで進めている。貿易戦争の激化とともに米中対立が先鋭化しているが、これまでの流れを見通すと対立は宿命だったのかもしれない。