天牛(紙切り虫)

私が関心のある、気に入った、「新聞」・「メルマガ」等のニュースをまとめて紹介します。「コメント」は歓迎ですが、「公開」の前に、判断をさせていただきます。

2019年10月

今日の中國新聞(朝刊)のコラム「天風録」で、先日亡くなった八千草薫さんを偲んだ文が有りました。文の終わりで、”馬馬虎虎”という中国語で締めていますが、八千草さんの人柄、文脈から、中国語の訳として、”いいかげん”はふさわしくありません。私であれば、”それなりに”、あるいは”そこそこ”、”まあまあ”と訳します。皆さんは、如何お感じですか?

191030 「天風録」-中國新聞
*図・表は、クリックで拡大

<追記>

八千草さんの「馬馬虎虎」の生き方

沖縄タイムス(吉田央)

20191030

 

 中国に「馬馬虎虎(マーマーフーフー)」という故事がある。画家が頭は虎、体が馬の動物を描いた。長男と次男が「これは馬?虎?」と聞く。「馬だ」と教えられた長男は馬を虎と思って殺し、飼い主から賠償を要求される。「虎だ」と教えられた次男は虎を馬と思って乗ろうとし、命を失う。

今は「ほどほど」「いいかげん」の意味で使われる。がんで亡くなった女優の八千草薫さん(享年88)は亡き夫から、肩の力を抜き自然体で生きる「良い加減」と教わった。6月に出版したエッセーの題名にするなど、生き方の指針にした

清楚で上品。控えめだが、芯はしっかり。「日本の母」と愛された。原点は戦争体験。奪われたものに「色と音」を挙げていた

建物を破壊され、がれきに覆われた街は灰色。にぎわいも失った。だから、色彩と音楽があふれる宝塚に入った。戦争を知る人の貴重な追想だ

信条は「ちょっとだけ無理をする」。力は抜くが、全く無理をしないと人生の可能性が狭まる。「馬馬虎虎」の精神だ。脚本家の倉本聰さんは「八千草さんがいないと、脚本を書く気がしない」と悲しむ

ツイッターでは女性ファンの「あんな風に年を取りたい」との書き込みが目立つ。「過去も未来も考えない。今、この一瞬から逃げない。そうすれば死は怖くない」。死と向き合った名女優の境地だ

 


<関連記事>
樹木希林が遺した言葉
5選「人生なんて自分の思い描いた通りにならなくて当たり前」

ダ・ヴィンチニュース(荒井理恵)

2018/12/26

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 20189月、女優の樹木希林さんが75歳で亡くなった。様々なドラマや映画、CMで見せた個性的な姿だけでなく、内田裕也氏との波乱の結婚生活、娘・也哉子さんとの関係(娘婿は本木雅弘さん)など私生活も何かと注目を集め、正直ひとことでその人となりを語るのは難しい。

 

 このほど刊行される『一切なりゆき 樹木希林のことば』(樹木希林/文藝春秋)は、そんな樹木さん自身の言葉を集めることで「樹木希林という人」を知る格好の1冊。平明な語り口ながらどこかユーモラスで、なにより深い。晩年の飄々とした存在感に憧れる人も多いが、そんな彼女の「軸」を感じるいくつかの言葉を紹介しよう。

「私が」と牙をむいているときの女というのは醜いなあ

 樹木さんは早くからありのままの自分を認め、「だからこそ見える」ことをいくつも言葉に残してきた。美について、エイジングについて、脇役でいることについて、女優という仕事だからこそ俯瞰できる「女のエゴ」の指摘はするどい。エゴをふりかざすのは「そういうことをしないと自分がいることが確かめられないという心もとなさなのかな」と喝破する44歳の樹木さん。いまどきのインスタ女子も、ちょっとドキっとしたりして。

「人は死ぬ」と実感できれば、しっかり生きられる

 娘の結婚の翌年(53歳)に、大往生について問われたときの言葉。将来は子供たちと同居し、自分の「死に際」を見せることで「人の死」を実感して生きてほしいと、人生折り返し地点での「決意」を語る。「終了するまでに美しくなりたい、という理想はあるのですよ。ある種の執着を一切捨てた中で、地上にすぽーんといて、肩の力がすっと抜けて」。まさにそんな人生を送られたように思う。

私の中のどろーっとした部分

 執着とは無縁の生き方に思えるが、それでもやはり「どろーっとした部分」がある。「それがあってもいい」と思えるようになって「少し、ラクになった」と語る71歳の樹木さん。そんな人間臭さも魅力だ。

モノがあるとモノにおいかけられます

 かつては安物買いの銭失いだったが、あるときからモノを持たない、買わないという生活になったそうだ。モノへの執着についても多くの言葉を残すが、「持たなければどれだけ頭がスッキリするか」という73歳当時の言葉は、シンプルに生きることも「強さ」の秘訣と教えてくれる。

人生なんて自分の思い描いた通りにならなくて当たり前

 いつも「人生、上出来だわ」と思い、うまくいかないときは「自分が未熟だったのよ」でおしまいにする。「こんなはずでは」と思うとき、他人の価値観や誰かと比較してそう思うだけじゃないのか考えたほうがいい。「本人が本当に好きなことができていて『ああ、幸せだなあ』と思っていれば、その人の人生はキラキラ輝いていますよ」。あくまでも「自分」で生きる、73歳の境地だ。

 その人生に思いを馳せながら、自然に読む人にも自らの生き方を振り返らせてくれる含蓄ある言葉の数々。晩年、「老い」や「死」をテーマにした取材の多さに閉口しながら、「私の話で救われる人がいるなんて、依存症というものよ」と切り返したというが、その軽妙さがあるからこそ誰の心にもやわらかくしみるのだろう。巻末の娘・也哉子さんの喪主代理の挨拶と共に、じっくり味わってみてほしい。

日本経済新聞 電子版

2019/10/30

 

厚生労働省と財務省は特別養護老人ホームなどに入所する所得の低い人に食費や居住費を補助する制度で、対象者を大きく絞る方向だ。今は預貯金などの金融資産が1千万円以下だと補助をもらえるが、600万円以下にする案で調整する。一定の所得がある人の補助を止めることも検討する。高齢化で介護費の膨張が続いており、高齢者にも一定の負担を求める。


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見直しを進めるのは、所得が少なく住民税が非課税となる世帯を対象とした「補足給付」と呼ぶ制度だ。特別養護老人ホームなどに入居する人が対象で、単身の場合は預貯金などの金融資産が1千万円以下、配偶者がいる場合は2人合わせた金融資産が2千万円以下の場合に、食費や居住費の一部について補助を受けられる。

厚労・財務両省はこの基準を単身は600万円、夫婦なら1600万円に下げて対象者を絞り込む方針だ。さらに一定の所得がある人は、金融資産が600万円以下でも食費の補助を止めることを検討する。本人の年金額が年120万円を超える場合に、食費の給付をやめる案が有力だ。

今の制度では約100万人が補助を受け、介護給付費として年約3200億円が支出されている。厚労省は制度の見直しで、給付費を約480億円抑制できるとみる。預貯金の基準引き下げで数万人、所得のある人への補助の縮小を含めると10万人を超える人に影響が出る可能性がある。

補助の仕組みを見直すのは、特別養護老人ホームに入居する人と在宅で介護を受ける人との間の不公平感をなくす狙いがあるためだ。

介護保険制度が始まった当初は特別養護老人ホームなどの食費や居住費は原則、利用者の1割負担だった。だが、在宅で介護を受けている人との公平性を保つため、05年以降は原則全て自費負担となった。一方で低所得者に配慮するため、住民税が課されない世帯には「補足給付」として食費と居住費の一部を支給している。

特別養護老人ホームに相部屋で入居すると、食費と居住費で月額68千円かかる。補助は3.7万円、4.5万円、5.9万円の3段階で、対象者から外れればこの額が負担増となる。公的な給付は大きく、収入は少なくても資産に余裕がある高齢者には負担を求めるべきだとの指摘があった。

制度の見直しに伴い、生活保護を受給しなければならなかったり、施設を退去したりしなければならない高齢者がでる懸念はある。厚労省と財務省は低所得者の自己負担を免除する「減免制度」の活用を呼びかけることでこうした問題に対応したい考えだ。

見直し案は今後、社会保障審議会(厚労相の諮問機関)の専門部会で議論する。与党との調整を経た上で、2020年の通常国会で関連法の改正案の成立を目指す。

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移民は「まつろふ」日本人になって初めて受け入れよ


JBpress(
森 清勇)

2019.10.29

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                                ラグビー・ワールドカップ日本大会準々決勝、日本対南アフリカ戦(写真:7044/アフロ)

 台風19号は想定外の大規模洪水被害をもたらしたが、被災者たちはラグビー・ワールドカップにおける日本代表チームの闘いに勇気をもらったと語っている。それほど代表たちの闘いは日本中を沸かせた。

 筆者はラグビーに全く関心をもっていなかったので、当初はボールの行方を見定めるのに苦労した。

 しかし目が慣れてくると、100キロ超の男たちのスクラムやタックルの迫力、大男を空中に持ち上げてラインアウトのボールを取り合う姿、素早いボール・パスとゴールへの突進など、興味をそそられるシーンばかりであった。

 こうしたラグビー独特のテクニックのほかに、特に印象的であったのは多数の外国人選手が日本代表になっていること、そして瞬時に相互の意思疎通を行うこと、正しく言葉通りの「ONE TEAM」であったことである。

 違った国の出身者でありながら「日の丸」を背負って日本チームの一員となり闘う姿は、筆者に将来の日本の姿を考えさせる刺激となった。

21世紀の日本の姿

 日本の少子高齢化は将来の日本の姿を変えようとしている。どんな姿へ変えようとしているのか?

 言うまでもなく多民族国家への変貌である。

 2018年に改正出入国管理法が成立・施行された。従来は「高度プロフェッショナルの専門職」に限られていた枠を、「相当程度の知識または経験を要する技能」にまで広げ、5年間で最大34万人の外国人を受け入れるとしたからである。

 日本はこれまで高度な人材を受け入れてポテンシャルを向上させるようにしてきたが、止まらない少子高齢化で産業界や福祉関係が挙げる悲鳴に敗ける形で「単純労働者」の受け入れに踏み切った。

 条件を満たせば家族も同行できるので、早晩その数は優に100万人を超すことになろう。

藤原正彦氏(お茶の水女子大学名誉教授)によると、英国の歴史学者アーノルド・トインビーは「人間は歴史に学ばない生き物である」と述べたという。

 トインビーは欧州のあり様を指して言ったのであろうが、藤原氏は単純労働者を受け入れるようにした日本が「西欧・北欧の悲劇に全く学んでいません」というのである(「国家を瓦解させる移民政策」、『Voice20198月号所収)。

 EU21世紀当初の10年くらいまで、アジアではとてもできそうもない纏まりとして憧れにも似た存在であった。

 ところがグローバリズムの拡大や2010年代に入って発生したシリア難民の流入でEUは混乱し始め、いまは英国の離脱問題で大揺れである。

 教授は移民受け入れによる外国人の急増は、次の3つの理由から不可逆的現象であるという。

①永住権を得た移民は家族や親戚を呼び寄せることができるし、人道上から送還もできない。

②受け入れ先の国民より出生率が高い(筆者注:動物一般における種の保存原理が働くのであろう)。

③仮に1組の夫婦が3人の子供を産むと増加率は100年で約10倍、200年で100倍となる。

 すなわち、今日の移民100万人は100年後には1000万人、200年後には1億人となる。他方、厚生労働省推計(20174月発表)では、日本の人口は50年後に8808万人、100年後に約5000万人としている。

 100年後には日本人の5人に1人は移民で、200年を経ずして移民が日本人を上回り、日本の領土はもはや「日本人」ばかりでないどころか、移民の方が多い状況が予測される。

日本の領土を永遠に「日本人の領土」である「日本」とするためには、無造作に外国人を移民として受け入れるだけではいけないということである。

 我々はそのヒントを今回のラグビーの日本代表チームと古代の歴史から学ぶことができる。

One Teamが教える移民の姿

 ラグビーの日本代表は、ジェイミー・ジョセフ ヘッドコーチ(HC)が就任した2016年に発足した。爾後240日間、苦楽をともにし「ONE TEAM」を掲げてW杯に挑み、予選の4戦を全勝で通過し、念願のベスト8に入った。

 ジョセフHCはインタビューで「ティア1(伝統強豪国)の選手たちは代表に選出されればそれなりの報酬を得るが、日本代表の選手たちはそうではない。彼らはクオリティの高いレベルでラグビーをやりたいという想いのみを胸に、無報酬で桜のジャージーを着ているのです」と語っている。(「W杯日本大会は究極のチャレンジ」、『Voice2019.10所収)。

 代表たちはお金のために闘ったのではなかったのだ。

 編み上げたドレッドヘアを特徴とする堀江翔太選手夫人が「家計ですか? 大変ですよ!(笑い)。今はちょっと上がったかな。(代表の)日当が2000円だったこともあって」(「週刊新潮」’19.10.24)と語っている通りのようだ。

 ジョセフHCは「日本代表にはいろいろな国から来た選手が多く、その多様性はチームの強みの一つです。彼らは無報酬にもかかわらず、異国の地のナショナルチームでプレーしている。『日本代表』への愛情に衝き動かされているからです」と、日本への愛情が原動力だというのだ。

 また、「日本とはどんな国だろうと思いながら来日して、やがて魅了され、自分の力を役立てたいと考える。日本代表でプレーしているのは、そんな選手ばかりです。彼らの熱量は、間違いなくチームの総力を押し上げます」と、日本チームの代表となる外国人選手の心構えを披歴している。

 これはONE TEAMを掲げて闘った、ほぼ半数の外国人を含む日本代表チームの姿であるが、チームを「日本」に、外国人を「移民」に置きかえれば明日の日本の姿ではないだろうか。

移民たちがラグビー日本代表のような心構えを以って来日すれば、外国人の風貌をした日本人(帰化日本人)として日本の一翼となり得ることを示している。

 ドイツが失敗したような移民希望のすべてを受け入れるというのではなく、日本の伝統文化をどれほど吸収消化しているかなどの度合によって受け入れること、これは決して差別でない。国家の健全性を維持する選別であり、必要不可欠な条件であろう。

 日本は祭祀の国である。古来、神や祖先を「祭り合う(まつろふ)」ことで共同意識を高めてきた。

 来日当初は祭り合わない(まつろわぬ)外国人であろうが、そのうちに祭り合うようになれば「移民」として受け入れ、差別することはなかった。

 自国の健全性が維持されてはじめて国際社会の安寧に貢献できるわけで、善意で誰もかれも受け入れたばかりに自国が混乱しては元も子もない。それが近年の欧州の経験(いまだ歴史とは言えない)に学ぶことでもある。

 ONE TEAMで力を発揮する外国人は心から「日の丸」を尊敬し、大きな声で「君が代」を歌っていた。こういう人物、心身ともに日本人になり切った外国人を「移民」として受け入れなければ、日本そのものが崩壊しかねない。

大化の改新は乗っ取り防止策

 西洋の歴史に学ぶと同時に、日本の歴史にも学ばなければならない。

 儒教は日本に不朽の感化を与えた。日本では儒教を修身斉家治国平天下の教典として受け入れた。しかし他面において天は有罪を討ち有徳に命じて主権者とする、すなわち徳ある者が君主になると説く危険な思想をはらんでいた。

 有徳か否かを決める絶対者がいなければ、結局は力による王位の争奪となる。中国ではこれを伝統とする有徳作王主義が採られ、易姓革命と称してきた。

 しかし、日本は古来、天照大神を始祖とする歴代天皇の国で、今日では日本国と日本国民統合の象徴である万世一系の国である。いかなる聖人君子が世に出ても絶対に天皇になることはできない日本である。

儒教は朝鮮半島を経由して移入されたために最初は朝鮮人によって伝授されたが、中国の国が乱れると難を逃れて我が国に帰化するものが多くなってくる。

 大川周明著『日本二千六百年史』は、「彼らが朝鮮人以上に尊敬せられ、従って社会的・政治的に好待遇を与えられしことは言うまでもない」と述べ、「蘇我氏の下にありて実際の出納記帳を取り扱ったのが秦漢帰化人の子孫であった。かくて彼らは、自然蘇我氏の部下のごとき関係を生じ、蘇我氏が強大となるに伴いて、彼らの勢力もまた加わって来た」と述べる。

 今日いうところの「大蔵」あるいは「財務」をシナ人移民が握り、権力を持ったのである。

「彼らは故国に於て目の当たりに王朝の顛覆・主権の更替を見て来た上に、その同胞が日本に於て確乎たる政治的勢力を扶植しているのを見ては、本具(先天的)の政権欲をそそり立てられ、自己の非望を遂げんと企てるのは、決して不可能のことではない」と述べる。

 実際、蘇我蝦夷(えみし)は天皇のように振る舞い、自分の息子を王子と呼ばせ、蝦夷の子の入鹿(いるか)は聖徳太子の長男である山背大兄王(やましろのおおえのおう)をはじめ、太子一族を一人残らず死に追いやったのである。

 そこで、中大兄皇子(舒明天皇の皇子、後の天智天皇)が中臣鎌足と図って入鹿を弑し、蘇我氏を滅ぼす(大化の改新)。

 日本書紀には「鞍作臣(くらつくりのおみ:入鹿のこと)の屍を大臣蝦夷に賜ふ。是に於て漢直(あやのあたい)等、眷属を総べ聚めて、甲を着、兵を持ち、大臣を助けて軍陣を設く」の記述があり、「帰化シナ人全部が、蘇我氏謀反の中堅となっていたことを物語る」と大川は記している。

 蘇我氏を担いだ帰化人による日本乗っ取り計画を阻止する必要から大化の改新が行なわれたのである。

おわりに:王岐山副主席の北海道訪問

 22日は第126代天皇が即位を内外に宣明される「即位礼正殿の儀」が行われた。現存の約200か国(日本の承認は195ヵ国)のうち、内戦のシリアを除く194か国が招待され、国連やEU、パレスチナなども含めた184か国・地域の元首や首脳らが参列した。

 日本は国際社会に於いて騒乱の因を作らず、人種平等、奴隷廃止、植民地解放などの先進的な意識を世界に訴え、実現をリードしてきた。

 こうしたことは天皇を戴く日本の安定がもたらしたもので、世界のほとんどの国が理解し、純粋に祝福のために来日してくれたのだ。

 そうした中にあって、中国からは王岐山国家副主席が慶事に祝意をもって参加した。しかし、列席後はすぐに離日することなく北海道を訪問した。これは特異である。

 北海道には中国系資本が購入した多くの土地があり、中国には北海道を1000万人地域にして、200万~300万人の中国人を送り込みたいという考えを持っているとされる。

 昨年5月来日した李克強首相も北海道に赴いた。それ以前に来日した高官は佐渡なども訪問している。

 尖閣諸島、日本人拘束、南シナ海・東シナ海問題をはじめ、日中間には係争事案が多い。筆者一人の杞憂に終わればいいが、多くの在日中国人を糾合しての影響力行使や、或いは日本への内政干渉の使嗾などではないだろうか。

 ともあれ、ラグビーの日本代表の合言葉「ONE TEAM」は、「日本の在り様」に大きな示唆を与えた。

 

やがて世界は2つの「OS」で動く時代に

JBpress(姫田 小夏: ジャーナリスト)

2019.10.29

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                                                           上海・南京東路にあるファーウェイの販売店

 1014日、中国の金融情報紙『上海證券報』は、中国政府がマカオ証券取引所の設立案に向けた研究を進めていることを報じた。人民元建て決済の証券取引所をマカオに設立するという計画で、中国政府が進める一国二制度のもと、香港やマカオを中国の発展に取り込む「広東・香港・マカオビッグベイエリア構想」に位置付けられている。

 マカオ証券取引所について今のところ具体的な公式発表はないが、広東省地方金融監督管理局は「中国版ナスダックになれば」という希望を伝えている。広東省には45000社のハイテク企業があり、上場企業は1.8%程度にとどまっているという。

 ニューヨーク証券取引所(NYSE)および米ナスダック市場には150以上の中国企業が上場している(20192月時点)。だが9月末に、トランプ政権が米株式市場での中国株の上場廃止を検討しようとしていると伝えられたことから、米国株式市場が下落した。米中貿易戦争が長期化すれば、ホワイトハウスの“くしゃみ”で中国銘柄が暴落する懸念が増す。

 浙江省に拠点を置く新興企業の経営者、汪建民さん(仮名)は「“中国版ナスダック”を進めるのは“自前主義”の強い現れ。香港の機能低下を見越して、中国政府の意向に従うマカオをテコ入れするのではないか」と語る。

ファーウェイとアップルが新機種で激突

 10月上旬に訪れた上海では、スマホの新機種がしのぎを削っていた。中国信息通信研究院によれば、国産メーカーなどを含め、9月は前月の2倍に相当する90の新モデルが登場したという。

 

トランプ政権による締め付けで米国への輸出を禁止されたファーウェイも、926日、上海で新型スマートフォン「Mate30」を発表した。「Mate30」は高性能のカメラが売りだ。ハイエンドの「Mate30 pro」には高性能チップの「Kirin990」が搭載され、5G規格にも対応する。中国で同日1808分から発売を開始したところ注文が殺到し、1分間で5億元を売り上げた。

 アップルも負けてはいない。中国では近年、iPhoneは勢いを失い、ユーザーのアップル離れが進んでいた。だが、911日に発表した「iPhone11」は予想外の好スタートダッシュを見せた。913日の20時から予約販売の受付を始めたところ、ECプラットフォーム「京東」では前年の新モデル(「iPhoneXS」「XS Max」)発売時よりも5倍近い伸びを見せ、「Tモール」でも1分間で1億元を超える注文が入ったという。「iPhone11 Pro」に至っては5分で“品切れ”となった。

 中国市場での好調な売れ行きについて、上場企業の専門調査会社、e公司は「iPhone11は価格を抑え、トリプルレンズ搭載でカメラ性能を高めている」ことが要因と評した。国金証券研究所が作成した「9月の機種ごとの販売台数」のグラフからは、iPhone11100万台を超え、20機種中3位となったことが見て取れる。

 10月上旬の上海は、建国70周年を祝う国慶節と前後して「祖国愛」を強調する“紅い広告”が氾濫していた。スマホについても、トランプ政権に叩かれるファーウェイを支持する機運が広がっているという。

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南京東路のアップルとファーウェイの販売店には最新機種の実機を手に取ろうと多くの人が集まっていた。圧倒的ににぎわっていたのはアップルのほうだ

いずれ中国標準に慣れる?

 米中の対立に翻弄され、対立のはざまで不便を強いられているのはユーザーだ。

 よく知られているように、中国のインターネットではフェイスブックやメッセンジャーなど米国のSNSサービスが使用できない。ファーウェイの「Mate30」も「Gメール」や「グーグルマップ」などグーグルの主要ソフトは使えない。

 上海で暮らす名古屋出身の柴崎美紀さん(仮名)は、2年前、アップルからファーウェイのスマホに乗り換えた。だが、グーグルのソフトがダウンロードできない。「日本に帰省したときに不便なので、次回はiPhoneに買い替えたい」という(ちなみに日本、香港、台湾などでは、グーグルやフェイスブックの機能が使えるファーウェイ製品を購入できる)。

 一方、米国に在住する中国人の鄭宇祥君(仮名)のケースは興味深い。米国で幼少期から教育を受けた鄭君は、今年、中国の大手IT企業でのインターンシップのために中国に帰国した。中国での生活を再スタートさせるに当たって、最も抵抗があったのは「ネット環境の制限」だったという。

 だが、鄭君の考え方は時間の経過とともに変わっていった。

「最初はグーグルやフェイスブックが使えない環境が信じられず、有償のVPNサーバーを使って海外の情報を取りにいっていました。けれどもそれを続けるのがだんだん面倒になり、『微信』(ウィーチャット)で友達とつながることができれば十分だという気持ちに変わっていきました。自分だけではなく周囲の友人たちもフェイスブックは使っていません。『微信が使えるならいいか』と思うようになったんです」

 アメリカ育ちの鄭君だが、現在は「中国標準も悪くない」という心境に達しているようだ。

 上海に十数年にわたって駐在する総経理職の如月剛さん(仮名)は、冗談混じりにこう語る。「パソコンも、いずれ米中の2つのOSが存在することになるかもしれない。そうすると、私たちのように日中を往復する駐在員は二刀流でこれを使いこなさなければならなくなるでしょうね」。

外来語を使わない中国の意地

 筆者は、羽田空港から搭乗した中国行きのフライトで、「初めて中国に行く」という日本人と隣り合わせになった。上海の空港に降り立って初めて飛び込んできたのは「手机銀行」の看板。「『てづくえ』って何ですか」と聞いてくるその人に、筆者は説明した。「机」は「機」の簡体字、「手に持つ機械」だから「手机」はモバイル(携帯電話)となる。つまり、「手机銀行」はモバイルバンキングサービスという意味だ。

 中国では改革開放後、新しい言葉が数多く生まれた。1990年代に普及し始めたパソコンは「電脳」、2000年代に発達したインターネットは「互聯網」と漢字に置き換えられた。「卡拉OK」(カラオケ)や「咖」(カレー)などのように音で意味を表記することもあるが、中国は外来の文化を自国の文化に融合させ「中国版」の言葉を作り出す能力が高い。

 今に始まったことではない「中国版××」は、西側に決してくみしない中国の強いプライドの表れなのだろう。米国ではデジタル通貨「リブラ」に議会が懸念を示すが、中国は同様の構想の立ち上げを急ピッチで進めている。貿易戦争の激化とともに米中対立が先鋭化しているが、これまでの流れを見通すと対立は宿命だったのかもしれない。

191030 ぶぜん 理解にずれ (1)ー中國新聞

191030 ぶぜん 理解にずれ(2)ー中國新聞
               *図・表は、クリックで拡大

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